キシアの防衛線と、壊れたリーダー
ポータルの陣から放たれた光の道の上を、はじめ達は凄まじいスピードで海上を滑走していた。
足元には海面が流れるように過ぎ去っていくが、不思議と風の抵抗はなく、ロープで数珠繋ぎになった一行は安定してキシアへの道を突き進んでいた。
やがて、果てしなく続く青い海の上に、無数の赤い線のようなものが平行に何重にも引かれているのが見えてきた。
海面そのものが発光しているかのような、異様な光景だ。
クレアの背中に張り付いているアリスが、少し声を張り上げて説明した。
「あれがキシアの国境線さ。
許可なくあの線を通過しようとすると、キシアの魔法兵器から直ちに無数の攻撃を受ける仕組みになっているんだ」
「はぁ!? 俺たち、このまま進んで大丈夫なのか!?」
はじめが慌てて後ろを振り返る。
「さぁ? 天狗達の言う事を信じるしかないねぇ」
キシアの調査員であるはずのアリスは、全く悪びれる様子もなく無責任に笑った。
一気に緊張感が走る中、クレアが冷静な声で皆を諭す。
「案ずるな。何かあった時の準備はすでに出来ている」
――というのは、皆を安心させるためのクレアなりのブラフだった。
実際には、海上を高速移動しているこの無防備な状態で攻撃されれば、ひとたまりもない。
だが、そのブラフのおかげか、あるいは元から何も考えていないのか、カエデだけは「へえー、赤い海だー」と全く心配している様子を見せなかった。
はじめは、背中に掴まっているマナに声をかけた。
「なあマナ! いざとなったら、全員をあの夢の空間に強制移動させられないか!?」
「うーん……すぐに強制移動させるとなると、前にカエデちゃんにチョップしてもらった時みたいに、強い『外部からの刺激』が必要になるの。
でも、それだと刺激を与えた誰かが外に残っちゃうわ」
マナは首を横に振って答えた。
「全員を安全に移動させるには、攻撃されてもしばらくの間、外で持ち堪えて時間稼ぎするしかないよ」
「……いざとなったら、私が残ろう」
クレアが静かに、しかし覚悟を決めた声で言った。
そんな命がけの相談をしているうちに、無情にも赤い防衛線が目前に迫る。
はじめは思わずギュッと目を閉じ、衝撃に備えた。
――しかし。
一行を乗せた光の道は、赤い線を何事もなかったかのようにスッと通り抜けてしまった。
警報が鳴ることも、魔法兵器による攻撃が降り注ぐこともない。
「……なるほど。コレが、キシアの連中がこのポータルを危険視して封印した理由か」
クレアが一人、深く納得して呟いた。
自国の最新鋭の防衛網を完全に無視して国境を越えられる抜け道など、軍部からすれば脅威以外の何物でもないだろう。
「なんかみんな深刻そうに話してたけど、結局面白い事なんて何も起こらなかったねぇ」
緊張から解放された空間で、カエデが気の抜けた声で言った。
(こいつ……後でいっぺん、げんこつのひとつでも食らわせてやろうか)とはじめは内心で静かな怒りを燃やした。
さらにしばらく進むと、水平線の向こうにうっすらと陸地が見えてきた。
どうやら、目的地のキシアに到着したようだ。
「……よかった。なんとか無事に着けそうだな」
はじめは深く息を吐き、ようやく心からの安堵を覚えた。
父親を救うための第一歩を、無事に踏み出せたのだ。
だが、海岸線がはっきりと視界に入ってきたその時。
はじめの目に、信じられない光景が飛び込んできた。
キシアの海岸線に並んで立ち、こちらに向かって大きく手を振っている、ビキニパンツにポンポンをつけた筋肉達。
昨日白天狗が言っていた「キシアにいる同志達に連絡を取る」という言葉は、嘘ではなかったのだ。
「――――ッ」
その異様なシルエットを見た瞬間。
はじめの脳裏に、ヌルヌルに黒光りした白天狗と赤天狗にサンドイッチにされた昨夜の『愛の儀式』の記憶が、フラッシュバックのように鮮烈に蘇った。
限界まで張り詰めていた精神の糸が、プツンと音を立てて切れた。
「アハハ……」
はじめの口から、乾いた笑いが漏れる。
「アハハハハハハハ!! アハハハハハハハハハハハッ!!!!」
はじめは完全に白目を剥き、狂ったように大爆笑し始めた。
「あ」
カエデが、狂乱するはじめを指差してケラケラと笑う。
「はじめちゃん、壊れちゃった」




