長老の直感と、謎の巾着袋
静寂に包まれた長老の屋敷。
上座で微笑むかつ兵衛の前に座るなり、クレアは普段の冷静さを投げ捨て、矢継ぎ早に問い詰めた。
「教えてくれ。……私の姉、パールは今も生きているのか!? 昨日、私を呪縛から解放してくれたように、再びあの精神の空間へと向かい、手がかりを探す事はできるのか!?」
過去を取り戻したことによる不安と焦り。
滅多に感情を表に出さないクレアが、身を乗り出して必死に懇願していた。
しかし、ブルマ姿の長老・かつ兵衛は、クレアが早口で問いをすべて言い終わるまで、ただ静かに、慈愛に満ちた瞳でじっと待っていた。
やがてクレアが息を継ぎ、沈黙が落ちたところで、かつ兵衛はゆっくりと首を横に振った。
「すまないね。私には、遠く離れたお前さんの姉の消息まで検知するほどの力はないのじゃ」
「そんな……」
「それに、再びお前さんをあの精神空間へ送ることもできるが……今のままでは無意味じゃ。
姉を救いたいという焦りばかりが先立ち、ひどく視野が狭くなっておる。
それでは、あそこへ行ったとて何も得られはしない」
かつ兵衛の静かで確かな指摘に、クレアはハッとして自分の震える両手を見つめた。
焦っている。確かにその通りだった。
「何も具体的な解決策を出してやれなくて、すまないね」
申し訳なさそうに眉を下げるかつ兵衛。
その言葉を聞き、クレアは深く項垂れ、意気消沈した。
だが、かつ兵衛はふっと表情を和らげ、可憐な声で優しく紡いだ。
「……慰めになるかは分からないが。
私の長年の勘――『直感』では、お前さんの姉は今もどこかで、確かに生きていると感じる。
今は、それしか言ってやれないがな」
「!」
何の確証もない言葉。
だが、何百年も生き、魂の奥底を見透かす長老のその『直感』は、暗闇に沈みかけていたクレアの心に、小さな、しかし確かな希望の灯りをともした。
「……いや。十分だ。ありがとう」
しばらくの沈黙のあと、クレアは深く頭を下げ、礼を言って立ち上がった。
部屋を立ち去ろうと襖に手をかけたクレアの背中に、かつ兵衛が声をかけた。
「持っていきなさい」
振り返ると、かつ兵衛の小さな手には、古びた布で作られた『謎の巾着袋』が握られていた。
「いざという時の、助けになるかもしれない」
「これは……?」
クレアは少々困惑しながらも、かつ兵衛からその巾着袋を受け取った。
中には何かゴツゴツとした小さな固形物が入っているようだが、今は開けて確かめる時ではない。
クレアは巾着袋をしっかりと腰のベルトに結びつけ、改めて深く礼を述べて家を出た。
屋敷の外、眩しい朝の陽光が差し込む広場。
そこでは、すっかり出発の準備を整えたはずの一行が、朝から大騒ぎを繰り広げていた。
『ブウウウウウンッ!!』
巨大な茄子のゴーレム・いらじが、なぜかはじめに対して強烈な敵意を剥き出しにし、ズシンズシンと足音を鳴らして広場を暴れ回っていた。
「うおっ!? なんだよお前、いきなり!」
徹夜明けのボロボロの体で、はじめが必死に逃げ回る。
「こら、いらじ! 落ち着きなさい! 命令を聞くんだ!」
コックピットの中からアリスがいらじを必死に制御しようと声を張り上げているが、昨夜の儀式の油の匂いが移ったはじめの事がどうしても許せないのか、ゴーレムの怒りは全く収まらない。
その傍らでは、カエデが天狗たちからちゃっかりと貰った謎の食べ物(またしても毒々しい色をしている)をモグモグと美味しそうに頬張りながら、そのドタバタ劇を映画でも見るかのように呑気に見物していた。
「もう、朝から元気ねぇ。はい、ストップ!」
見かねたマナが指を鳴らすと、空中に光の帯のような魔法陣が展開され、暴れるいらじの巨体をグルグルと縛り付けて強制的に動きを止めた。
クレアはその騒がしくもカオスな光景を見つめ、ふっと息を吐いた。
つい先ほどまでの重苦しい焦燥感が嘘のように、心がスッと軽くなっていくのを感じる。
(やれやれ……。また、いつもの騒がしい日常が始まったな)
クレアは小さく、しかし心からの微笑みを浮かべると、仲間たちの待つ広場へと迷いのない足取りで歩き出すのだった。




