光の道と、すべてを見透かす長老
狂気の儀式から一夜が明け、ビジン林の朝がやってきた。
天狗の集落の中央広場に集まった一行の中で、はじめの顔はあまりにも悲惨な状態だった。
両目の下には、遠目からでもはっきりと分かるほどにドス黒いクマが刻み込まれていたのだ。
前夜の儀式の恐ろしい感触と、サンドイッチにされたトラウマによるストレスで、はじめは一睡もできなかったらしい。
「はじめちゃん、夜中に『ウワーッ!ウワーッ!』ってなんか叫んでたねぇ……」
カエデが、自分には全く関係のない他人事のように、ケロッとした顔で呟いた。
「声がうるさくてかなわなかったからね。私は『いらじ』の中で休ませてもらったよ」
アリスが肩をすくめて言う。
あの圧倒的な変態の気圧に当てられて機能停止していた巨大な茄子のゴーレムは、儀式が終わった後に無事再起動したらしく、アリスはそのコックピットに備わっている防音機能をフル活用して快適な睡眠をとったようだった。
一方、原因の一端を担っているマナは、騒々しい夜の現実世界を早々に放棄し、いつもの快適な夢の空間に移動してぐっすりと眠っていたらしい。
今朝も清々しい顔をしている。
そんな個性豊かな面々の中で、クレアだけは静かに腕を組み、何かを深く考えている様子だった。
彼女の表情に、昨夜の狂騒に対する動揺は微塵も見られない。
ふと視線を向けると、オベリスクの裏にあるポータルからは、一条の美しく清らかな光の線が、真っ直ぐに海に向かって伸びていた。
光の線は鬱蒼とした木々の隙間を縫うように通り抜けているが、その光が通る道筋だけは不思議な力が働いたかのように木や草が一切なくなり、綺麗に均された上土のような道が現れていた。
まさに、キシアへと続く海越えのルートが物理的に開通したのだ。
「……すまない。出発の前に、長老と話したいのだが」
クレアがふと口を開き、一行に向けてそう告げた。
しかし、リーダーであるはずのはじめは、虚ろな目をして虚空を見つめたまま、微動だにしない。
魂が半分抜けており、クレアの言葉など全く耳に入っていないようだった。
「……私はいいと思うよ」
機能停止中のリーダーに代わり、アリスが小さく笑って返事をした。
「ありがとう」
クレアは短く軽い会釈をすると、きびきびとした足取りで広場を後にし、集落の奥にある長老・かつ兵衛の屋敷へと向かった。
かつ兵衛の屋敷の襖を開けると、ブルマ姿の長老は昨日と同じ上座に座っていた。
クレアの来訪を全く驚く様子もなく、その可憐な少女の顔には、この世のすべてを見透かしたような、穏やかで深い微笑みが浮かんでいた。
「待っておったよ」
鈴を転がすような、それでいて何百年もの時を生きる者の重みを持った声で、かつ兵衛はクレアを優しく迎え入れた。




