愛の潤滑油と、白目を剥く生贄
「……少年、時が来た。愛を受け入れる準備はいいか?」
白天狗が屋敷に迎えに来たとき、はじめはこれまでにないほどの緊張に支配されていた。
強張った面持ちで外へ出ると、隣ではカエデが「お腹空いたなー。儀式の後、何か美味しいもの用意してくれてるかなー?」と、どこまでも能天気な声を上げている。
広場に出たマナは、設営された祭壇や土俵を見渡し、「ほうほう、こういう流れか」と一人で得心したように頷いた。
「おい、何を勝手に納得してるんだよ!」
はじめが苛立ちをぶつけるが、マナはニヤリと笑うだけだ。
「なかなか面白いものが見られそうだね」とアリスは手帳を広げ
クレアは冷静な目で土俵の中心にそびえ立つ巨大な『柱』を見つめていた。
「儀式の前だ。精神を落ち着けるように」
白天狗に諭されるが、はじめのイライラは収まるどころか爆発寸前だった。
「これが落ち着いていられるか!」
一行が姿を見せると、一際大きく太鼓の演奏が始まった。
周囲の松明に次々と火が灯され、夕日が落ちたビジン林は、オレンジ色の不気味な熱気に包まれていく。
そこへ、赤いビキニパンツの赤天狗が、何やら怪しげな油の入った壺を抱えて現れた。
「白よ。より深く愛の力を伝えるために、とっておきの『極上潤滑油』を用意したぞ」
赤天狗が甘い声で告げると、白天狗は「そうか、手間をかけるな」と重々しく返した。
土俵のそばには、装飾が施された豪華な椅子に腰掛けた長老・かつ兵衛がいた。
お面の奥でニコニコとはじめ達を眺めている。
「では、これより儀式を始めよう」
可憐な声が響くと同時に、腹に響くような太鼓の音が轟いた。
子供の天狗が、一際太くて丈夫そうなロープを白天狗に手渡す。
はじめはそれを見て猛烈に嫌な予感を覚えた。
逃げようとしたが、なぜか金縛りにあったように体が動かない。
隣のマナを見ると、彼女は親指を立てて「サムズアップ」を送っていた。
(また『因果』の手伝いとか言って、俺を固定してやがるのか……!)
抵抗虚しく、はじめは土俵中央の柱に、太いロープでガチガチに縛り付けられた。
「ハッ! ハッ!」
天狗たちの合いの手が激しさを増す。
ふと土俵に目をやると、白天狗と赤天狗が先ほどの壺の油を全身に浴び、焚き火の光を反射してヌルヌル、テカテカと黒光りする状態になっていた。
「少年! 愛の準備はいいか!」
「やめろーー!! やめてくれーーー!!」
はじめは絶叫したが、即座にマナの術によって声が封印され、口パクの状態になった。
「いつでも準備は出来ている!」
赤天狗の叫びと共に、儀式は最高潮に達した。
油でヌルヌルの白天狗と赤天狗が、柱に縛られたはじめに向かって、ジリジリ、ベチャベチャと距離を詰めていく。
はじめの表情は恐怖で引きつり、涙目になっていた。
ついに、はじめを中央に挟む形で、赤天狗と白天狗が前後から「サンドイッチ状態」で密着した。
「ハッハッ!!」
周囲の合いの手がいっそう激しくなる中、逃げようともがくはじめの目を、正面の白天狗が直視した。
「愛を恐れるな!!」
そして、広場にいるすべての天狗たちが、狂ったような大合唱を始めた。
「「「アッアッアッアッアッアッアッアッアッアッアッ~~~~~~~~~~!!!!」」」
その瞬間、はじめの身体から激しい黄金の光が溢れ出した。
光の束は巨大なオベリスクへと突き刺さり、石柱に刻まれた謎の文字が青白く浮かび上がる。
直後、背後のポータルが眩く発光し、海に向かって一本の太い光の道が伸びていった。
「おおおおお!!」「愛が通じたぞ!!」
天狗たちが歓喜の声を上げる。
儀式は、完璧に成功した。
光の道が安定した頃、土俵の中央では、はじめが魂が抜けたように真っ白な目を剥いてぐったりとしていた。
海へ伸びる光の道を見て、マナは腕を組み「ふふん、満足」と言わんばかりの表情を見せている。
アリスは「これは実に見応えがあったね……」と興奮気味にペンを走らせ、カエデはあまりにもシュールな儀式の内容に地面を叩いて大爆笑していた。
そしてクレアだけは、儀式を司ったかつ兵衛を、何かを確かめるようにじっと見つめ続けていた。




