精神の水晶と、動き出す運命
はじめたちが退出した後の、静まり返った長老の部屋。
一人残されたクレアは、訝しんだ表情で上座に座るかつ兵衛を睨みつけていた。
「私だけを残して、何の話だ?」
警戒を解かないクレアに対し、ブルマ姿の長老・かつ兵衛は、可憐な少女の声を低く落として静かに告げた。
「お前さん……その魂、深く『魔』に侵食されているな」
「っ……!」
クレアの肩が大きく跳ねた。
常に冷静な彼女の瞳に、明らかな動揺が走る。
かつ兵衛には、クレアが長年ERageから受けてきた精神支配と呪縛の痕跡が、はっきりと視えていたのだ。
「私なら、その根深い呪縛を解く事が出来るぞ」
その言葉に、クレアは迷うことなく頭を下げた。
「どんな手段でもいい……解けるものなら、お願いしたい」
もう二度と、自らの意思を奪われ、誰かを傷つけるような生き方はしたくなかった。
かつ兵衛は深く頷くと、両手で複雑で不思議な印を結び、クレアの額へと真っ直ぐにかざした。
「ならば、目を閉じよ」
淡く温かい光が、クレアの全身を包み込む。
不思議な力を浴びたクレアの意識は、肉体を離れ、自らの『精神の中』へと深く、深く潜り込んでいった。
――気がつくと、クレアは薄暗い空間の中で、過去の『ある光景』を遠くからぼんやりと観察していた。
燃え盛る炎と、崩れ落ちた故郷の村。
そこで、ERageの支配下にある重武装の兵士たちに、冷たい地面へと激しく取り押さえられている一人の女性の姿があった。
「クレア! お願い、自分を取り戻して……!!」
泥と血にまみれながら、泣き叫んで懇願するその女性の名前は『パール』といった。
しかし、その声を聞いているはずの『過去のクレア』は、パールの悲痛な叫びに一瞥もくれることなく、虚ろな瞳のままERageの兵士たちと共にその場を去っていく。
(思い出した……)
精神世界の中で、現在のクレアの目からボロボロと涙がこぼれ落ちた。
(弱くて、泣き虫だった子供の私が……いつも背中を追いかけていた、大好きな姉さん……。なぜ私は、こんな大切な事を今まで忘れていたのだろう……っ)
絶望と後悔に胸を締め付けられているクレアの隣に、ふと、かつ兵衛の姿が幻影のように現れた。
「再びこの深淵に潜り、過去と向き合う時も来るだろうて。……だが、今はまず、あの忌まわしい支配から逃れるのが先だ」
かつ兵衛に促され、クレアは後ろ髪を引かれる思いで、姉の姿があるその記憶の場を一旦後にした。
かつ兵衛と共に、精神のさらに深層へと潜っていく。
やがて、どす黒い靄に包まれた空間の中心に、禍々しい鼓動を打つ『水晶の核』のようなものが浮遊しているのが確認できた。
「あれがお前さんを縛る呪縛の根源だ。これを破壊すれば、お前さんは完全に支配から解放される」
かつ兵衛が静かに告げ、クレアの顔を見た。
「準備はいいか?」
クレアは涙を拭い、確かな決意を込めて無言で力強く頷いた。
かつ兵衛が水晶に向かってスッと手をかざす。
パァァァァッ……!!
精神世界を真っ白に染め上げるほどの眩い光と共に、クレアを縛り付けていた呪縛の水晶玉は、粉々に砕け散った。
シーンは変わり、どこか遠く離れた暗闇に包まれた空間――ERageの玉座。
玉座の間に並べられた無数の黒い水晶玉の一つが、突然激しく明滅を繰り返したかと思うと、パリンッと音を立てて無惨に砕け散った。
「なんということだ……!」
玉座に座るERageが、驚愕の声を上げて立ち上がった。絶対であるはずの精神支配が、何者かによって完全に破壊されたのだ。
その直後、ERageは玉座の裏に冷たい『何者かの気配』を感じ取った。
「誰だッ!!」
ERageが激昂と共に闇に向かって強烈な魔法による攻撃を放つ。
しかし、その攻撃は虚空をすり抜け、背後の壁を破壊するに留まった。
そこに立っていたのは、実体のない幽霊のような、半透明の姿をした『アンナ』だった。
冷たく美しい瞳で、ERageを静かに見下ろしている。
「貴様……! これは貴様の仕業か!!」
怒りで身を震わせるERageに対し、アンナはふっと冷ややかな笑みを浮かべた。
「いいえ……」
アンナは砕け散った水晶の破片を見つめ、どこか楽しむような、意味深な声で呟いた。
「でも……運命が、大きく動き出したようね……」
深い闇に包まれた玉座の間に、アンナの静かな声だけが不気味に響き渡っていた。




