無能な後任と、野生のたぬき
ビジン林へと続く、のどかでどこか寂れた街道。
ドスドスと歩いていた巨大な茄子のゴーレム・いらじが不意に足を止めると、コックピットの中からアリスの青白い顔が覗いた。
「少し、いらじから降りたい……。ずっと揺られているのも、病弱な身にはこたえるんでね」
アリスの申し出により、一行は街道脇の邪魔にならない木陰で一旦休息をとることにした。
いらじのハッチから降りて軽く背伸びをしたアリスが、スッと左腕を虚空へ伸ばす。
すると、遠くの空から一直線に飛来した鷹のタッキーが、バサバサッと羽音を立ててその細い腕に見事に着地した。
タッキーの脚には、小さな筒状の文書のようなものが結びつけられている。
アリスはそれを受け取り、中身に素早く目を通すと、満足げに口角を上げた。
「フフッ……どうやら、上手くごまかせたようだね」
「鷹が戻ってくることが、事前にわかるのか?」
水筒の水を飲んでいたクレアが、不思議そうに尋ねた。
「あぁ。私とタッキーは『魔力の道』で繋がっていてね。離れていても簡単な意思疎通ができるのさ。
戦闘時にも、上空からの視界の共有や補助をしてくれる優秀な子だよ」
アリスは少し自慢げにタッキーの頭を撫でた。
「偽造報告書が通ったなら、まずは一安心だね」
アリスは懐から新しい羊皮紙と羽ペンを取り出し、いらじの装甲を下敷きにしてサラサラと何かを書き始めた。
「クロベキアでの私の『後任』を選んで、報告書を作成しているのさ。
……あんたたちの邪魔にならないよう、出来るだけ無能な奴を選んでおくよ。クックック……」
悪い顔で笑うアリス。
敵国の工作員が味方になると、これほど頼もしい(そしてタチの悪い)ことはない。
アリスは「本国に戻ったら隠居する」という旨も記載したその文書を再びタッキーの脚に持たせ、大きく腕を振ってキシアの空へと旅立たせた。
やがて日が落ち、あたりが深い夜の闇に包まれる頃。
一行は街道から少し外れた開けた場所で、野営の準備を整えていた。
パチパチとはぜる焚き火を囲み、クレアが手際よく作った温かいスープや保存食の肉を食べている時のことだ。
ガサッ……。
茂みが揺れ、美味しそうな匂いを嗅ぎつけて、一匹の『野生のたぬき』がヒョッコリと姿を現した。
「モグモグ……ん?」
分厚い肉を頬張っていたカエデの動きが止まる。
野生のたぬきも、カエデの姿を見てピタリと足を止めた。
焚き火の光に照らされながら、精霊狸であるカエデと、ただの野生のたぬきは、じっと無言のまましばらく見つめ合っていた。
やがて、野生のたぬきは「ここには自分の入る隙はない」と悟ったのか、名残惜しそうに肉の匂いを嗅ぎながら、クルッと背を向けて茂みの奥へと帰っていった。
「……なんか、懐かしい気持ちになったか?」
はじめが、たぬきの消えた茂みを見つめるカエデにそっと尋ねた。
「んー、そうだね。たしかに少し懐かしい気持ちにはなったけど……」
カエデは肉を飲み込み、カラッとした笑顔で首を横に振った。
「いまさら普通のたぬきの姿には戻れないし、気にしても仕方ないよー」
(おっ。普段はポンコツだけど、自分の運命を受け入れてるというか……意外と前向きで立派な考え方をしてるんだな)
はじめは、新しい生き方を選んだカエデの言葉に少し感心した。
しかし、カエデはそれに続けて、満面の笑みで言い放った。
「まぁ……私としては、毎日こうして安心して『食っちゃ寝』出来れば、姿なんてなんでもいいからね!」
「…………」
(やっぱり、ただの欲望に忠実な動物か……。一瞬でも感心して損した……)
はじめは即座に前言を撤回し、盛大なため息と共に虚無の表情でスープをすすった。
賑やかな食事が終わり、夜も更けていく。
「今夜は私が周囲を警戒する。お前たちは明日に備えて休んでおけ」
クレアがタバコに火をつけながら焚き火の番を引き受けた。
はじめたちはその言葉に甘え、テントや寝袋、夢の空間、あるいはいらじのコックピット(アリス)の中へと入り、静かな休息の眠りにつくのだった。




