偽造報告書と、いらじのコックピット
マナの夢の世界(そしてあの理不尽なセクハラの空間)から解放され、現実世界でパチリと目を覚ましたはじめとマナは、朝の空気を吸うためにホテルへと向かった。
ちょうど同じタイミングで、ホテルから出てきたイオリとバッチリ目が合った。
「あ……」
はじめの顔を見た瞬間、イオリの脳内に昨夜の『激しい妄想』の記憶が一気にフラッシュバックしたらしい。
「ふぇぇ……っ」
イオリはボフッと音が出そうなほど顔を真っ赤に染め上げ、恥ずかしそうにサッと目を逸らしてしまった。
両手で顔を覆いながら、モジモジと身をよじらせている。
そのあまりにも意味深で乙女チックな反応を見たカエデが、すかさずはじめを指差した。
「この、ケダモノ!!」
「俺は、本当に何もしてないのに……!」
理不尽な罵倒を浴びせられ、はじめは朝から頭を抱えて崩れ落ちた。
そんな騒がしい一行を横目に、クレアはフロントでオーナーへの宿代の支払いをスマートに済ませていた。
「ふぅ……」
クレアは外の空気を吸いながら、新しくなった扉の横でタバコに火をつける。
(やれやれ……今日もまた、騒がしい1日になりそうだな)
紫煙をくゆらせながら、彼女は少しだけ口角を上げて微笑んだ。
全員がホテルの前に集合したところで、青白い顔をしたアリスが、ゴホッと小さく咳き込みながら口を開いた。
「私はこの体だ……あんたの村まで、歩いては持ちそうにない。だから、移動中は『いらじ』の中で休ませてもらうよ」
そう言って、アリスは茄子のゴーレムを呼び出すための召喚魔法の準備を始めた。
「あ、それと」
アリスはふと思い出したように、スッと左腕を真っ直ぐ上空に伸ばした。
すると、朝の空を引き裂くような甲高い鳴き声と共に、鷹のタッキーが猛スピードで飛来し、彼女の細い腕に見事に着地した。
「コレを、本国に報告しておくれ。……私が書いた『偽造した報告書』さ。この町には何も問題はなかったとね」
アリスは丸めた羊皮紙の書類を、タッキーの足の筒に丁寧に結びつけた。
キシアの調査機関の目を欺くための、見事な隠蔽工作だ。
タッキーは主人の意図を理解したように短く鳴くと、再び空高く舞い上がり、キシアの方角へと飛び立っていった。
「さて、と……」
アリスが空間収納の魔法を解くと、虚空から『ブウウウウウウン……』という低い唸り声と共に、茄子のゴーレム・いらじがムクムクと元の巨大なサイズに戻り始めた。
完全に実体化した瞬間、いらじの頭部(?)がブゥン……と不気味な音を立てて動き、心なしか周囲をキョロキョロと見回して『はじめを探している』ような素振りを見せた。
そして、はじめの姿を見つけた途端――
いらじはピタリと動きを止め、はじめの顔を親の仇のようにじっと凝視したまま、微動だにしなくなったのだ。
「うおっ……」
昨日の強烈な不意打ちパンチを思い出し、はじめは思わず数歩後ずさった。
「安心しな。その位置なら、殴られることもないだろう」
アリスはクックックと自嘲気味に笑った。
「もし危ないと思ったら、もう少し距離をとって歩いたらいいさ」
(なんで俺は、初対面の茄子の化け物にこんなに恨まれてるんだ……)
はじめは心底理不尽な思いを噛み締めた。
完全に元のサイズに戻ったいらじの胴体部分が、カシャッという音と共にスライドして開いた。
なんと、ゴーレムの中にはちょうど人間が一人入れるくらいの『空洞』が備わっていたのだ。
アリスが慣れた様子でその中に入り込むと、胴体のハッチが閉まる。
道中、外の様子が見えてやり取りができるように、アリスの顔の高さの部分だけが透明なガラスのような材質になっていた。
中からの声も、不思議な魔力の反響で外に問題なく聞こえる仕組みらしい。
「よし、準備は整ったね。出発しようか」
ガラス越しにアリスの声が響く。
「あぁ。リフリッジが待ってるからな。急ごう」
はじめが頷き、一行はついにホテルを後にした。
朝の陽光に照らされながら、奇妙な顔ぶれのパーティーは、リフリッジが待つ村へと向かって歩き出すのだった。




