キシアの大量破壊兵器と、帰郷への取引
殺風景なホテルの一室。
パイプ椅子に腰掛けたマナは、普段の子供の姿ではなく、豊満なプロポーションを持つ『真の女神の姿』へと変化していた。
初めはアリスとの交渉を少しでも有利に進めるためのブラフ、あるいは神としての威圧感を与えるために見せた大人の姿だったが――目の前の病弱な少女は、微塵も動揺する様子を見せなかった。
「本当に食えない人ね。私のこの姿の事まで知っているなんて……」
マナはため息をつき、ブラフがあっさりと見抜かれていた事を認めた。
アリスは薄く笑った
「この歳でこの地位まで登り詰めるのは、それ相応の理由があるって事さ……。伊達で『主幹研究員』の肩書きがついているわけではないからね」
「それで? 私を封印するって、どういう意味?」
マナが鋭い視線で本題を切り込む。
「キシアで今、『オドの力』を使った究極の大量破壊兵器を開発していてね。
……オドと対になるあんた(マナ)の力がこの世界に存在していると、干渉し合って兵器の殺傷能力が落ちてしまうんだよ。
だから、完全に封印する必要があった」
「なっ……!」
はじめは思わず椅子から立ち上がりそうになった。
「キシアの連中は、まだ戦争をしようとしているのか!?」
「何処まで行っても、人は戦争というものから抗えない。
人が人を疑う事をやめない限りはね……ゴホッ、ゴホォッ!」
アリスは自嘲気味に肩を揺らし、再び激しく咳き込んだ。
口元を押さえた白いハンカチを握りしめ、荒い息を吐き出す。
「だが……私もこの体だ。このままでは、そう長くはない。
戦争協力のようなバカバカしい事で自分の人生を終えたくない。
最期は、故郷のキシアに戻って静かに暮らしたいと思っているんだ」
アリスは深く肩を落とし、伏し目がちに語り続けた。
「だが今は、クロベキアとキシア間は一般の交流に厳しいチェックがあって、民間人は自由に往来できない。
輸出入の船に密航して潜り込むのも困難だ……」
死期を悟った少女の、切実で孤独な望郷の念。
しかし、彼女はそこでパッと顔を上げ、再び不敵な笑みを浮かべた。
「そしたら、運が向こうからやってきた。
町が突然廃墟になったと報告を受けて、調査のためにここにやってきた私の前で
突然の、見事な奇跡のショーが始まった」
アリスの目が、マナとはじめを真っ直ぐに射抜く。
「これだけ大層な魔法が使えるようなら、私の『国境を越えたい』という願いを叶える事くらい、どうって事ないだろうと思ったのさ」
アリスは持っていた鍵の入ったポケットを軽く叩き、交渉の最終カードを切った。
「……先に結論を聞こう。私をキシアへ連れて行ってくれるかい?」
部屋に、重く短い沈黙が降りた。
キシアの調査員であり、敵対国側の人間。
しかし、彼女が持つ「鍵」と情報、そして何より、はじめ達自身の目的。
はじめの脳裏に、赤い封筒のホログラムで人質にされていた父親の姿と、『キシアのニール鉱山に来い』という仮面の青年の言葉が蘇る。
「……俺達も、キシアに行かなければならない事情がある」
はじめは静かに、しかし力強い声で答えた。
「わかった。連れて行こう」
「えっ……!?」
「はじめ……本気か?」
即答したはじめの決断に、後ろで聞いていたイオリ、カエデ、そしてクレアが驚きの声を上げた。
マナは何も言わず、腕を組んでただ一人、この先の困難な道のりを見据えるように深く考え込んでいた。
そんな周囲の反応をよそに。
アリスだけは、交渉成立を確信したような、ひどく満足げな表情を浮かべて微笑んでいた。




