鷹茄子歴史研究所のアリスと、20000Excelの口止め料
ホテルの新しい扉の前に立つはじめたちに対し、不気味な茄子のゴーレムを連れた病弱そうな少女は、青白い顔を歪めて笑った。
「見たわよ……フフフッ」
「……一体、何をだ?」
はじめは咄嗟にイオリを背中で庇うように半歩前に出て、少し警戒しながら聞き返した。
少女ははじめの警戒など気にも留めない様子で、ニヤリと口角を上げた。
「あんた達が……この町を、直したところをさ」
「えっ……!?」
その言葉に一番驚いたのはマナだった。
「気づかれたの!? 誰にも気づかれないように、細心の注意を払って魔法を使ったのに……」
「私達の目は、ごまかせないよ……ゴホッ、ゴホッ! ゲホォッ!!」
得意げに語ろうとした少女だったが、突然胸を押さえて激しく咳き込み始めた。
華奢な体が折れ曲がるほどの痛々しい咳に、はじめたちも手出しできず、ただ咳が治まるまでしばらくその場で見守るしかなかった。
やがて、荒い息を整えた少女が再び口を開く。
「あの丘から……双眼鏡で見ていたんだ。あんた達、コレが世間に知られると……色々と困る事があるんじゃない? ゴホッ、ゴホッ……」
薄暗い脅迫めいた言葉。
そのただならぬ空気を察し、クレアが咥えていたタバコを携帯灰皿にしまい、ゆっくりと前に進み出た。
「……目的はなんだ?」
鋭い視線で射抜くクレアに対し、少女は肩をすくめた。
「私は病弱でね。常に病気の進行を抑えるために、高価な薬や特別な治療が必要なんだ。それと、私の活動を支えてくれるこのゴーレムや……」
少女が左腕をスッと横に伸ばすと、上空から鋭い鳴き声と共に一羽の立派な『鷹』が舞い降りてきて、その細い腕にピタリと止まった。
「この子の面倒を見るためにも、どうしてもお金が必要なのさ……」
「要は、口止めのための賄賂を請求しているって事だな?」
クレアが少し強い、凄みのある口調で核心を突く。
「フフッ……物分かりが良くて助かるよ」
「……いくら欲しい?」
クレアの端的な問いに、少女は「そうだねぇ……」とわざとらしく考え込む素振りを見せた。
「まずは、6000Excelくらいは……」
「20000だ」
「……へ?」
少女が思わず間の抜けた声を漏らした。
6000Excel(約600万円相当)という法外な要求に対し、値切るどころか、クレアはその3倍以上の額を即座に提示してきたのだ。
「20000Excel渡そう。それで文句はないか?」
クレアは平然と言ってのけ、白衣の内側からずしりと重い金の入った袋を取り出し、少女の足元へ無造作に放り投げた。
かつてERageの幹部として絶大な権力と富を持っていた彼女にとって、金で安全が買えるなら安いものだった。
「これ以上必要なら、後から言ってくれても構わない。……ただし」
クレアの瞳の奥に、本物の冷酷な殺気が宿る。
「約束を破って情報を漏らした時は……その命で、代償を払ってもらうぞ」
一切の妥協を許さない、絶対的な覚悟のある瞳。
その迫力に一瞬息を呑んだ少女だったが、やがて袋を拾い上げると、心底嬉しそうに目を細めた。
「……気に入ったよ、あんた達。約束は必ず守るよ」
少女は懐に大金をしまい込むと、鷹の頭を撫でながら、どこか自嘲気味にクックックと笑い声を漏らした。
「ああ……自己紹介がまだだったね。私はアリス。鷹茄子歴史研究所の、主幹研究員さ……。
そしてこの腕の子がタッキー。そっちのゴーレムが……いらじ、って名前さ。クックック……」
夕暮れが近づく町の一角。
大金を手にした病弱な少女アリスと、鷹のタッキー、そして茄子のゴーレム・いらじという、あまりにも異質で奇妙な三人組(?)の登場に、はじめたちは静かな戸惑いを隠せなかった。




