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神様を自称する少女と月光蓮の薬

ERageとの死闘が終わり、気がつけば北ウォー沼は深い夜のとばりに包まれていた。


分厚い雲の隙間から、わずかに星明かりが覗いている。


沼地を満たしていた殺気はすでに消え去り、静寂の中、水面から顔を出す月光蓮だけが、呼吸をするように淡い銀色の光を放ち続けていた。


「……終わったのか」


はじめは、その場にへたり込んだ。


精神的にも肉体的にも、限界をとっくに超えている。


しかし、彼にはまだやらなければならないことがあった。


はじめは重い体を引きずりながら、気を失っているマナと、すべての力を使い果たして少女の姿になってしまったカエデのもとへ歩み寄った。


北ウォー沼は魔境だ。夜になれば、凶暴な野生動物や得体の知れない生物が徘徊し始めるかもしれない。


こんな無防備な状態で放置しておくわけにはいかなかった。


はじめは二人を順番に背負い、巨大な枯れ木の根元、太い根がドーム状に絡み合ってできた安全な木陰へと移動させた。


二人を柔らかい苔の上に寝かせた後、はじめは再び月光蓮の花畑へと視線を向けた。


ERageの魔力弾やアンナの防壁、そしてカエデの放った光の奔流によって、花畑の一部は無残に吹き飛び、大きなクレーターを作ってしまっている。


「……よかった」


はじめは安堵の息を漏らした。


畑の一部はめちゃくちゃになってしまったが、それでも周囲には、薬にするには十分すぎるほどの月光蓮が手付かずで残っていたのだ。


「妹を、助けられる……」


その事実を確認した瞬間、張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れ、はじめは木陰の根に背中を預けたまま、泥のように深い眠りへと落ちていった。


翌朝。


「……んっ……」


「おーきーてー! ねぇ、おーきーてってば!」


ツンツン、ツンツン。


頬を硬いものでつつかれる感触と、耳元で響く甲高い声に、はじめはゆっくりと重い瞼を開けた。


視界に飛び込んできたのは、自身の背丈ほどもある巨大な魔法の杖と、それを両手で抱えるようにしてはじめの顔を覗き込んでいる幼い少女——マナだった。


「うおっ!?」


はじめは昨日の凄惨な戦闘を思い出し、弾かれたように飛び起きて身構えた。


「あはは! なにそれ、カエルみたい!」


しかし、マナはケラケラと無邪気に笑い声を上げた。


昨日、血走った目で「消えろ!」と叫んでいた狂気は微塵もなく、その瞳は澄み切っている。


むしろ、初対面の人間に対して異常なほど人懐っこい笑顔を向けていた。


「お前……正気に戻ったのか?」


「しょーき? なあにそれ! マナちゃんはずーっと元気だよ! だって、マナちゃんは神様だから!」


「は……神様?」


マナはえっへんと小さな胸を張り、魔法の杖を自慢げに掲げた。


「そう! マナちゃんは神様だから、悪い黒いモヤモヤも、いつの間にかパーンって追い払っちゃったの! すごいでしょ!」


どうやら、彼女自身はERageの煙に操られていた間の記憶が曖昧らしい。


その騒がしいやり取りで、隣で寝ていたカエデも目を覚ました。


「ん……ふわぁ……あれ? 私……」


カエデは自分の手をじっと見つめ、そして背中やお腹をペタペタと触り始めた。


やがて、自分の体に「純金の玉」がどこにもないこと、そして自分がタヌキの「ポン吉」の姿ではないことを完全に理解すると、その大きな瞳からボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。


「う、うわああぁぁん! ご先祖さまぁ……! 私のポン吉としての力が……全部、全部なくなっちゃったよぉ……!」


カエデは両手で顔を覆い、激しく落ち込んで泣きじゃくった。


一族の力を失うということが、彼女にとってどれほど重い意味を持つのか、はじめには想像することしかできない。


はじめはかける言葉が見つからず、ただオロオロとするばかりだった。


そこに、マナがトテトテと歩み寄った。


「泣かないで、けもののお姉ちゃん! マナちゃんは神様だから、特別にナデナデしてあげる!」


マナは背伸びをして、カエデのふさふさの獣耳を小さな手でわしゃわしゃと乱暴に撫で回した。


「ちょ、ちょっと、やめてよぉ……ふぐっ、ひっく……」


「神様のナデナデはご利益があるんだから! ほーら、元気になーれ!」


あまりにもマイペースで空気を読まないマナの行動に、カエデは呆気にとられ、やがて涙を引っ込めた。


「……もうっ、なんなのこの子。人がせっかく悲しみに浸ってたのに……」


カエデは少しだけ赤くなった目をこすりながら、ぷくっと頬を膨らませた。


まだ完全には立ち直れていないだろうが、マナの無邪気な様子を見て「こんなところで泣いている場合じゃない」と、持ち前の明るさを少しだけ取り戻したようだった。


はじめは、ふと自分の中にあったもう一つの存在に意識を向けた。


(アンナ……聞こえるか?)


心の中で何度も呼びかけてみる。


しかし、昨日までは確かに感じられた、あの冷たくも凛とした彼女の気配は、完全に消え失せていた。


はじめは寂しさと共に、彼女が残した「7本の鍵を探して」という言葉を、静かに心に刻み込んだ。


すっかり太陽が高く昇った頃、3人は月光蓮の花畑で作業を始めていた。


「これ、根元からそっと摘み取るんだよね?」


「そうそう、花びらが傷つくと薬効が落ちちゃうから気をつけて! ……あっ、マナちゃん! 杖で叩き割ろうとしないで!」


「えー? マナちゃんは神様だから、魔法でドカーンってやったほうが早いよ!」


「ダメだってば!」


カエデがマナのお守りをしながら指導し、はじめが慎重に花を摘み取っていく。


摘み取った月光蓮は、はじめが持参したすり鉢のような道具で丁寧にすり潰し、持ってきた綺麗な水と混ぜ合わせていく。


花びらがすり潰されるたびに、周囲にはミントと甘い花の香りが混ざったような、不思議で清涼感のある香りが漂った。


(リフリッジ……もう少しの辛抱だ)


はじめは、額の汗を拭いながら、緑色に光るペースト状の薬草を小瓶に詰めていく。


原因不明の熱病に苦しむ妹。


自分に向けてくれていた淡い恋心と、苦しそうに荒い息を吐いていた青白い顔が脳裏に浮かぶ。


(これを持ち帰れば、きっとあいつは助かる。……待ってろよ、絶対に治してやるからな)


手の中にある冷たい小瓶の感触を確かめながら、はじめは遠く離れた故郷の空へと、決意の眼差しを向けた。

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