気絶の真相と、誰もいない部屋
賑やかな朝食の時間が落ち着き、皆がそれぞれにくつろぎ始めた頃合いを見計らって、はじめはそっとマナのそばへと近づいた。
「マナ、ちょっといいか」
いつもより声を潜め、ひどく深刻な表情を作ったはじめを見て、マナは不思議そうに小首を傾げた。
「んー? どったの、はじめちゃん」
「これを見てくれ」
はじめは周囲の目を盗むようにして、ポケットに隠し持っていた真っ赤な封筒の端をチラリと見せた。
「親父からの手紙なんだが、ひどく気味が悪い。
それに微かな魔力も感じる。……誰にも見られずに、安全にこの手紙を開封するために、お前の『夢の中の空間』を使えないか?」
封筒から漂う只ならぬ気配を感じ取ったのか、マナもすぐに真剣な顔つきになった。
「なるほどね。わかった、じゃあはじめちゃんのお部屋でやろっか」
二人は誰にも気づかれないよう、ごく自然な足取りでリビングを抜け出し、はじめの自室へと入り、静かにドアの鍵を閉めた。
「はじめちゃん、首から下げてる『鍵』を出して」
部屋の真ん中に立つと、マナが小さな手を差し出して指示をした。
はじめが服の下から重厚な鍵を取り出すと、マナは自分の人差し指をピンと立てた。
「私がこの指の先に魔力を込めるから、はじめちゃんはそれに鍵をピタッと合わせてみて。
そうすれば、自然に気絶できて、安全に私の夢の世界へいけるから」
「……ちょっと待て」
そのあまりにもスマートで便利な方法を聞いて、はじめはジト目でマナを見下ろした。
「それで自然に気絶して夢の世界へ行けたんなら……なんであの時、わざわざカエデに思い切り首をチョップするよう頼んだんだ?」
はじめの脳裏に、カエデの容赦ない手刀で首の骨が折れるかと思った激痛の記憶が蘇る。
はじめの鋭い追及に対し、マナは全く悪びれる様子もなく、あっけらかんと答えた。
「あー、あの時はね、とんでもない強敵が現れる事がわかってたから、少しでも自分の魔力を節約しておきたかったのよ」
「……物理的な暴力で代用したってことか」
(神様としてのプライドや慈悲はないのか……)と内心で呆れ果てたはじめだったが、今は一刻も早くこの不気味な手紙を開封する方が優先だ。
はじめは小さくため息をつき、「……まぁ、とりあえずそういう事にしておく」と無理やり納得することにした。
「じゃあ、いくよー」
マナの人差し指の先端に、黄金色の魔力が蛍の光のように集まり始めた。
はじめは深く息を吸い込み、自分の手にある鍵を、その小さな光の粒へとゆっくりと近づけていく。
金属の鍵とマナの魔力が触れ合った、その瞬間。
バチッ!!
静電気よりもはるかに強い、魔力が空間に飛び散る鋭い音が部屋に鳴り響いた。
途端にはじめの視界はぐにゃりと歪み、体の重力が消失する。
彼は抗う間もなく、意識の底へと沈み込み、再びあの白い夢の世界へと誘われていった。
「あれ……?」
廊下を歩いていたリフリッジが、ふと足を止めた。
はじめの部屋のドアの向こうから、はじめとマナが何か話しているような微かな声と、続いて「バチッ」という奇妙な弾ける音が聞こえた気がしたのだ。
「お兄ちゃん? マナちゃん、中にいるの?」
リフリッジはノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開け放った。
「…………え?」
リフリッジは目を丸くした。
ほんの数秒前まで確かに人の気配と話し声がしていたはずのその部屋には、はじめの姿も、マナの姿もなかった。
窓は閉ざされ、ベッドの上も綺麗に整頓されたまま。
そこには、まるで二人が最初から存在していなかったかのような、静寂に包まれた『誰もいない部屋』だけが広がっていた。




