記憶の欠片と、白龍の咆哮
カエデの胸で泣きじゃくっていたイオリは、ようやく落ち着きを取り戻した。
涙を拭い、ぽてぽてと歩いて再びはじめの背後に戻ると、その服の袖をギュッと握りしめた。
しかし、先ほどの「恋心をアピールして甘える」ようなあざとい気配はすっかり消え去っていた。
今の彼は、まるで小さな子供が母親の温もりを求めて自然にしがみついているような、とても純粋で無防備な姿だった。
その光景を少し離れた場所から見ていたクレアは、不意に胸の奥がチクリと痛むのを感じた。
(……私も、あんな風に誰かに守られていたような気がする)
タバコを指に挟んだまま、クレアは遠い過去の記憶に思いを馳せた。
ERageの兵器『3号』として冷たい玉座の支配下に置かれる、ずっとずっと前のこと。
誰かの背中に隠れ、その温もりに安心してしがみついていた、幼く脆かった時代の自分。
しかし、その記憶の輪郭はあまりにも古く、何もかもが曖昧に霞んでおり、誰の背中だったのかを思い出すことはどうしてもできなかった。
クレアは自嘲気味に小さく息を吐き、思考を現実へと引き戻した。
「あの……マナ様」
イオリが、はじめの背中から恐る恐る顔を出し、豊満な美女の姿をしたマナに声をかけた。
「この世界から脱出するために、これから『龍変化』を行います。
……でも、変化の時の衝撃がすごく強くて、空間が激しく揺れてしまうので……みんなが何事もないように、
どうか防御をお願いできないでしょうか」
イオリの控えめだが決意を秘めた提案に、マナは先ほどまでの呆れ顔をスッと消し、真剣な女神の顔つきで深く頷いた。
「わかったわ。任せてちょうだい」
マナが両手を天に向かって高く掲げると、イオリ以外の三人――はじめ、クレア、カエデの体がふわりと浮き上がり、マナのすぐそばへと引き寄せられた。
直後、彼女の手から放たれた強固な光の防御壁が、四人をドーム状にすっぽりと包み込んだ。
「準備はいいわよ、イオリちゃん!」
マナの合図を見届けたイオリは、コクリと力強く頷いた。
彼が一歩前に踏み出すと、フリルの少女の姿が眩い閃光に包まれる。
光が弾けた次の瞬間、そこには祠の空間を埋め尽くさんばかりの、巨大で神々しい『白龍』が顕現していた。
純白の鱗を持つ巨竜が、天を仰いで大きく息を吸い込む。
『グォォォォォォォォォォォッ!!!』
全身を激しく震わせながら放たれた、天地を揺るがす咆哮。
ビリビリと、大気を通り越して空間そのものが異常なまでに振動し始めた。
マナの防御壁の中にいても、はじめの骨の髄までその重低音が響き渡ってくる。
エアリアルが仕掛けた空間の阻害魔法が、白龍の圧倒的な魔力の前に悲鳴を上げてヒビ割れていく。
やがて、白い夢の世界を構成していた周囲の光が、渦を巻くようにすべて白龍の体へと吸い込まれていった。
フッ、と全ての光が消失し、周囲が完全な暗闇に包まれた。
「……破ったか」
はじめが暗闇の中で呟いた直後。
パラパラと、上空から金色の柔らかく暖かな光の粒子が、まるで春の雪のように降り注いできた。
エアリアルの呪縛は完全に粉砕され、夢の世界と現実世界を隔てていた壁が取り払われたのだ。
この光は、現実世界から差し込んでくる「目覚め」の光だった。
「……あ……」
はじめは、自分の中にあった明確な意識の境界線が、ゆっくりと揺らぎ、溶けていくのを感じた。
(出られる……。現実の世界へ、戻れるんだ……)
降り注ぐ暖かで心地よい光に包まれながら、はじめ、クレア、カエデ、そしてマナの四人は、深い安堵と共に静かに意識を手放していった。




