龍の葛藤と、無自覚な女たらし
「アンナ……!」
その名前を聞いた瞬間、はじめの心臓が大きく跳ねた。
やはり彼女は消滅したわけではなく、超越者として時間や空間の枠組みを超えて存在しているのか。
はじめは矢継ぎ早にアンナとの繋がりについて詳細を聞き出そうと、身を乗り出した。
その時だった。
「ねえねえ、イオリちゃん!」
深刻な空気を全く読まない明るい声で、カエデがズイッとイオリの前に顔を突き出したのだ。
「イオリちゃんは本当は男の子なんだよね? なんでそんなフリフリの可愛い女の子の見た目をして、女の子みたいな言動をしてるの?」
(カエデのやつ……ああいう話しにくいデリケートな事に、平気でヅケヅケと踏み込むよなぁ……)
はじめは内心で盛大にツッコミを入れながら、冷や汗を流した。
マナですらブラフを使って遠回しに聞き出そうとしたというのに、カエデの直球すぎる質問には恐れ入る。
しかし、イオリは嫌がる素振りも見せず、少し寂しそうに微笑んで自分のスカートの裾を握りしめた。
「……オド様に生み出された時、内に秘める龍の力が一定の基準を超えて強大に生まれ落ちた個体は、心の中に『強い女性性』が芽生えるようになるんです」
「女性性……心は女の子になるってことか?」
はじめが尋ねると、イオリは小さく頷いた。
「はい。ですが、ぼくたち龍族がその強大な力を行使する時……つまり、戦いや巨大な魔法の制御を行う時には
どうしても闘争本能である『男性性の思考』が必要不可欠なんです。
そうでないと、龍の力を上手く引き出し、コントロールする事ができません」
イオリは、自らの胸にそっと手を当てた。
「心は女の子として生きることを望んでいるのに、力を使う時は無理やり男としての本能を呼び覚まさなければならない……。
その精神と肉体の激しい矛盾と葛藤に耐えきれず、強すぎる力を持った龍族は精神を病んでしまい、短命で終わってしまう事が多いんです」
それは、絶大な力を持つがゆえの、あまりにも残酷で悲しい運命だった。
「中には、その葛藤に耐えきれず、神から与えられた守護者としての使命を放棄して……自ら命を絶ってしまう龍も少なくありません。
……ぼくも、少し前までその絶望に押し潰されそうになっていました」
イオリの大きな瞳が、ふわりと潤みを帯びた。
「でも、ぼくが暗闇の中でどうにかなりそうだった時……はじめさんが現れて、ぼくの心を救ってくれたんです」
「えっ……? 俺が?」
はじめは目を丸くした。
自分には全く身に覚えのないところで「救われた」と感謝されている。
イオリはぽっと頬を赤らめ、涙で潤んだ瞳のまま、はじめの顔をじっと熱を帯びた視線で見つめ返した。
その表情は、誰がどう見ても「恋する乙女」そのものだった。
「…………」
「…………」
ふと、居心地の悪い視線を感じてはじめが横を向くと。
絶世の美女の姿をしたマナと、先ほどまで無邪気に質問していたカエデが、二人揃って半目のジトッとした顔ではじめを見つめていた。
(おやおや、この無自覚な女たらしさんは……)
二人の顔には、はっきりとそう書かれていた。
クレアから「タラシの素質がある」とからかわれたばかりだというのに、こんな男の娘(巨大白龍)の心まで、知らないうちにガッチリと掴んでしまっていたのだ。
「い、いや! 俺は本当に何も知らないからな!?」
はじめが慌てて両手を振って弁明するが、マナとカエデの生温かい疑いの視線が晴れることはなかった。




