超越者の導きと、イオリの真実
カエデの胸に顔を埋め、ひとしきり泣きじゃくったフリルの少女――いや、少年は、やがてしゃっくりを落ち着かせた。
赤く腫らした目をこすり、意を決したようにゆっくりと顔を上げる。
「ぼくの……本当の名前は、『イオリ』と言います」
「ぼく……?」
はじめが驚いて聞き返した。
イオリは小さく頷いた。
マナが先ほど鋭く指摘した通り、彼はれっきとしたオドの眷属たる男龍――つまり、こんなにも可愛らしいフリルの衣装を着てはいるが、「男の子」だったのだ。
「今まで、本当の名前を言えなくてごめんなさい……。
でも、それにはどうしても外せない理由があったんです」
イオリは、ぎゅっと自分のスカートの裾を握りしめながら、震える声で説明を続けた。
龍族は基本的に、人間に対して逆らうことができないという絶対的な制約を抱えながら生きていること。
そして何より、自らの『本当の名前』を知った者とは、精神の根底で深く繋がってしまう性質があること。
「もし、悪い心を持った人間にぼくの真の名を知られれば、その強大な力を完全に悪用され、意のままに操られてしまいます……。
だから、本当の名前はどうしても隠さなければならなかったんです」
その悲痛な事情を聞き、はじめは(だから、あんなにオドオドして名前を隠していたのか)と深く納得した。
しかし、腕を組んで話を聞いていたクレアは、すぐさま別の疑問をぶつけた。
「事情は分かったよ。だが、それならなぜあんたは、はじめのことや、妹のリフリッジのことまで詳しく知っていたんだい? 我々とは初対面のはずだろう?」
クレアの鋭く理詰めの問いに、イオリは真っ直ぐな瞳で答えた。
「それは……ぼくが、『超越者』との繋がりを持っているからです」
「超越者……?」
聞き慣れない単語に、はじめとクレアは顔を見合わせた。
「はい。過去、現在、そして未来……あらゆる時間と空間を自由に行き来し、世界に滅びの危機が発生した時にだけ現れる特別な存在。それが『超越者』です」
イオリの言葉には、神話や伝承を語る時のような深い畏敬の念が込められていた。
「何事もない平和な時代には、時間と空間の狭間で悠久の眠りにつき、次の世界的な危機が訪れるまで決して目を覚ますことはない……。
ぼくは、その超越者様から『はじめさんを助けるように』と導かれ、力を与えられたんです」
話を聞いていたはじめの胸の奥で、ドクン、と心臓が大きく鳴った。
(過去と未来を行き来し、世界の危機に現れる存在……)
なんとなくだが、はじめの中に不思議な「確信」めいたものが嵐のように湧き上がっていた。
その超越者は、絶対に自分のことをよく知っている。それどころか、自分もその人物に会ったことがあるのではないか。
共に笑い、戦い、そして――自分を庇って光に包まれたあの背中を、知っているのではないか、と。
記憶の糸が、ただ一つの可能性へと急速に収束していく。
はじめは無意識のうちに一歩前に踏み出し、震える声でイオリに尋ねた。
「……なぁ、イオリ。その『超越者』の名前は、なんて言うんだ?」
イオリは、はじめの顔をじっと見つめ返し、静かに、そしてはっきりとその名を口にした。
「アンナ……です」




