対の神オドと、白龍の涙
「いい? 女神マナにはね、世界を形作る上で『対』となる神様がいるの」
豊満な美女の姿をしたマナが、一つ咳払いをして語り始めた。
「隣国のキシアではすごく信仰が盛んなんだけど、クロベキアではかなりマイナーな神様ね。名前を『オド』って言うの」
「オデ?」
はじめは思わず聞き返した。
(オデ……? なんだか、中年のおっさんが自分のことを自称する時に使うような、妙に泥臭い響きの神様だな……)
はじめの脳内に、腹の出た無精髭のおじさんが「オデは神様だど」と名乗っている謎のビジョンが浮かび上がり、勝手に深く納得してしまった。
「オドよ、オド!!」
マナが顔を真っ赤にして、大声で訂正した。
「おっさんみたいな濁音じゃないわよ! 神聖な神様の名前なんだから!」
「ああ……うん、オデ……じゃなくて、オドねぇ」
はじめがまだ半信半疑の顔で頷くと、マナは呆れ果てたように深い深いため息をついた。
「全くもう……はじめちゃん、耳遠くなってるんじゃないの? おじいちゃんかな?」
ペースを乱されつつも、マナは気を取り直して説明を続けた。
「オドはね、自らの力で『龍』を生み出して、この世界を守る役割を持った神様なの。
ただ、彼自身は『概念』として存在していて、実態そのもののイメージがすごく弱いのね。
だから、クロベキアなんかではオド本人よりも、彼に生み出された守り神である『龍』への信仰の方が強いのよ」
「なるほど。で、それがこの子とどう関係するんだ?」
はじめが背中に隠れる少女をちらりと振り返ると、マナは口元にニヤリと意地悪な笑みを浮かべ、少女を見据えた。
「この子がこんなにも極端に自信がないのは……守り手として任されていた地域の人間と、何か『トラブル』を起こしたからじゃないかな?」
マナの言葉が響いた瞬間。
「ひっ!?」
はじめの背中に隠れていた少女が、ビクッと大きく肩を跳ねさせ、ブルブルと小刻みに震え出した。
図星を突かれた人間の、あまりにも分かりやすい反応だった。
「ほぉ……」
少し離れた場所でタバコを弄っていたクレアが、感心したようにマナの顔を見つめた。
(確証がないままカマをかけたのか。……さすが神様だ、こんなブラフもここでは的確に使えるんだな)
クレアは、伊達に長く生きているわけではないマナの老獪さに、静かに納得していた。
少女の反応を見て、マナはさらに一歩踏み込み、決定的な言葉を投げかけた。
「そしてね……オドは男神なの。だから、オドが生み出す龍も『全て男の龍』なのよ」
「えっ」
はじめが驚いて振り返る。
「でも、あなたはこんな可愛らしい『少女の姿』をしている……」
マナの冷たく鋭い視線が、少女を完全に射抜いた。
「隠しても無駄よ。あなたは一体何者なのか……ちゃんと説明して?」
逃げ場を失った少女のしっぽが、恐怖でピンと直立した。
そして次の瞬間、彼女の中の張り詰めていた糸が、プツンと音を立てて切れた。
「うぇぇぇぇんっ!! ごめんなさぁぁぁいっ!!!」
堰を切ったように、少女は両手で顔を覆い、大声で泣き出してしまったのだ。
巨大な白龍の面影など微塵もない、ただの可哀想な迷子の子供のような泣きっぷりだった。
「ちょ、ちょっとマナちゃん! さすがにやりすぎだよ!」
それを見ていたカエデが慌ててすっ飛んできて、泣きじゃくる少女をぎゅっと抱きしめた。
「よしよし、怖かったねぇ。マナちゃんは意地悪だからねぇ」
「ちょっとカエデちゃん! 私が悪者みたいになってるじゃない!」
「うぅ……ひっく……はなしましゅ……」
カエデの胸に顔を埋めながら、少女は嗚咽としゃっくりを混じらせて、必死に言葉を絞り出した。
「ひっく……全部……話しますからぁ……うぇぇんっ」
どうやら、彼女が抱えている秘密は、想像以上にデリケートなものだったらしい。
はじめも、クレアも、そして少しやりすぎたと反省した様子のマナも、誰もそれ以上は急かさなかった。
白い空間の中、カエデに背中を撫でられながら泣き続ける少女。
彼女のしゃっくりが収まり、完全に泣き止むまで、はじめたちはただ静かに、優しくその姿を見守り続けていた。




