大ピンチの自覚と、白龍の極端な謙遜
弾き飛ばされ、白い床にカランと転がった二つの鍵。
その乾いた音が、この空間が完全に外の世界から隔絶されてしまったという絶望的な事実を物語っていた。
「まさか、脱出の要となる鍵にまで阻害魔法がかけられているとは……用意周到だね」
クレアが白衣のポケットに手を入れたまま、忌々しそうに舌打ちをした。
マナとはじめは言葉を失い、ただ床に落ちた鍵を呆然と見つめている。
エアリアルの遺した呪縛は、想像以上に厄介だった。
その重苦しい静寂を破ったのは、またしてもカエデだった。
「……あれ? ひょっとして、コレって大ピンチ?」
カエデが不思議そうに首を傾げて放った一言に、その場にいた全員(一人を除く)の動きがピタリと止まった。
はじめ、クレア、そしてマナが、一斉に「何をいまさら……」と言いたげな、呆れ果てたジト目をカエデに向ける。
そんな中、フリルの少女だけが慌ててカエデの元に寄り添い、その手をギュッと握った。
「わ、私も全然分からなかったから、大丈夫だよっ!」
とんちんかんなポイントで落ち込むカエデを、一生懸命に慰めている。
「あーもうっ! 他に考えられる方法は……!」
マナは豊満な大人の姿のまま、子供のように頭をガシガシと掻きむしり始めた。
自力での脱出もダメ、鍵の融合もダメ。
手詰まりの状況に、女神の苛立ちも限界に達しつつあった。
その時だった。
「あ、あの……」
カエデを慰めていた少女が、ビクビクと恐る恐る、小さな手をあげた。
「私の力なら……もしかしたら……」
自信なさそうに、消え入るような声で呟いた少女。
その言葉を聞いた瞬間、はじめの目にパァッと希望の光が宿った。
(そうだ! すっかり忘れてたけど、この子はあのエアリアルを一瞬で吹き飛ばした、とんでもなく強い『あの白龍』なんだ!)
はじめは身を乗り出し、すがるような、そして期待に満ちた熱い眼差しで少女を見つめた。
規格外の竜巻を起こせる彼女の力があれば、こんな空間の結界など吹き飛ばせるかもしれない。
しかし、はじめのその熱い視線を一身に浴びた少女は、みるみるうちに顔をゆでダコのように真っ赤に染め上げてしまった。
「い、いやっ! 私なんて、そんな大層な存在じゃないですから……! 全然強くないし、足手まといだし……!」
ブンブンと首を横に振り、涙目になりながら必死に弁明し始める少女。
そのあまりにも極端な自己評価の低さを見ていたマナが、ため息をつきながらジトッとした半開きの目を向けた。
「はぁ……。あのねぇアンタ、謙遜もやりすぎると嫌味になるわよ?」
エアリアルを一方的に蹂躙した力を持ちながら「大層な存在じゃない」などと言われれば、あっさり負けた神様の立場がない。
マナの言葉には、確かな呆れと少しの棘が含まれていた。
「ひぃっ……!」
マナの冷たい視線に恐怖を感じた少女は、脱兎のごとく跳ね上がり、凄まじいスピードではじめの後ろへと逃げ込んだ。
そして、はじめの背中の服をギュッと力強く掴み、完全に隠れてしまう。
「まぁ……いいわ」
マナは再び深くため息をつくと、真剣な表情になって皆を見渡した。
「そこの子の本当の力を本人に思い出してもらうために……みんなに、少し昔話をしてあげる」
「昔話?」とはじめが聞き返す。
「ええ。この子も、自分がどれだけ凄い存在なのかを知って自信がつけば、ちゃんとこの空間を破るために力を使ってくれるでしょ」
マナはそう言うと、はじめの背中をじっと見つめた。
はじめの背後では、顔を隠した少女が、スカートから覗く純白のしっぽをブルブルと震わせながら、なおもはじめにピッタリとしがみついていた。




