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祠の脱力メロディーと、空間の亀裂

静まり返った北ウォー沼の最奥。


かつて月光蓮が咲き乱れていたその中心に鎮座する、古びた石造りの祠。


緊張の面持ちでその前に立ったはじめの耳に、突如として奇妙な音が飛び込んできた。


『♪ここだよ~、ここだよ~、マナちゃ~ん』


「……は?」


はじめは思わず間の抜けた声を漏らした。


『♪ここだよ~、ここだよ~、ここだよ~、マナちゃ~ん、ここだよ~』


厳かな遺跡の雰囲気を見事にぶち壊す、あまりにもコミカルで脱力感のあるメロディーライン。


どこかのお祭りのような、あるいは子供向けの安っぽいお遊戯のような音楽に乗せて、気の抜けた歌声が祠の中から延々とループして流れてきているのだ。


「なんだコレ……」


はじめはひどく困惑し、頭を抱えた。


最強の敵との死闘を終え、消えかけた魂を救出するというシリアスな場面に、全くそぐわない空気が漂っている。


しかし、後ろを振り返ると、フリルの少女がその謎の脱力メロディーに合わせて、パタパタとしっぽを揺らしながら楽しそうに踊っていた。


さらにその横では、カエデが緊張感ゼロの笑顔でウンウンと頷いている。


「あははっ、マナちゃんらしいねぇ。

迷子にならないように自分で歌ってるのかな?」


そんなカオスな状況の中、ただ一人、クレアだけが真剣な表情のまま、祠の石壁や周辺の空間を冷静に分析していた。


「……はじめ、こっちに来て」


一通り祠の周囲を調べ終えたクレアが、白衣を翻して手招きをした。


「わかった」


はじめがクレアの元へと祠に近づいた、その瞬間だった。


『♪ここだよーーー!! マナちゃーーーん!!!』


「うわっ! いきなり大きくなったぞ!?」


はじめはビクッと肩を跳ねさせ、思わず耳を塞いだ。


近づいた途端、コミカルな歌声が拡声器を通したかのように爆音になったのだ。


しかし、クレアはそんな爆音の中でも顔色一つ変えることなく、ジッと虚空の一点を見つめていた。


(さすがクレアだ……。こんなふざけた状況でも、どんな時でも冷静だな。俺も少しは見習わないと……)


はじめは内心で深く感心し、耳を塞いでいた手を下ろして表情を引き締めた。

「鍵を出して」


クレアが静かに指示を出した。


「ああ」


はじめは首元から重厚な鍵を取り出し、しっかりと左手で握りしめた。


「目には見えないが、ここの空間に小さな『亀裂』のようなものがある」


クレアは、祠の入り口付近の何もない空間を指差した。


「おそらく、マナが消滅する直前に、自分の魂を隔離するために作った精神世界への入り口だ。ここに鍵のエネルギーを放出すれば、マナがいる場所へと行けるかもしれない」


「わかった。やってみる」


はじめは深く息を吸い込み、意識を集中させた。


先ほどの剣に変形させた時と同じように、自分の中にある魔力を熱に変え、左手の鍵を通じてクレアが指差した空間の『亀裂』へと注ぎ込んでいく。


鍵の先端が眩く発光し、見えない空間の壁に魔力が干渉し始めた。


『♪ここだ――』


プツンッ。


エネルギーが注ぎ込まれた瞬間、スピーカーの電源を落としたかのように、あのコミカルな音楽が唐突に鳴り止んだ。


直後、祠の周囲の空間がぐにゃりと歪み、眩い黄金の光がはじめたち全員を優しく包み込んだ。


「あ……」


はじめは、この温かく、そして少しだけ懐かしい光の感覚に覚えがあった。


(マナの、夢の世界か……)


視界が真っ白に染まっていく。


体の重力がふっと消え去り、心地よい浮遊感が全身を包み込んだ。


はじめは、自分の意識が徐々に薄れ、現実から夢の深淵へと静かに導かれていくのを確かに感じていた。

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