お留守番の不満と、美味しい仲裁
「……マナを探しに行きたい」
居間の気まずい空気が少しだけ落ち着いた頃、はじめは意を決したように切り出した。
北ウォー沼の祠に戻ってしまったというマナの魂。
彼女が完全に消滅してしまう前に、一刻も早く助けに行かなければならない。
「リフリッジ。俺たちが戻るまで、しばらく家で待っていてくれるか?」
はじめが静かに尋ねると、今までなんとか感情を押し殺していたリフリッジの不満が、ついに決壊した。
「どうして……どうして私ばっかり、いつもお留守番なの!?」
リフリッジは立ち上がり、悲痛な声を上げた。
「私だって、たまにはお兄ちゃんについて行きたい! なのに、いつもいつも私だけ安全な場所で待たされて……!」
叫びながら、リフリッジはクレアの後ろに隠れているフリルの少女『キミ』の方をギロリと鋭く睨みつけた。
(あんな……あんな小さな子でもついていっていいなら、私だっていいじゃん!)
リフリッジは心の中で激しく呟きながら、少女の姿をじっと見つめ続けた。
突然強い怒りの視線を向けられた少女は、「ひっ……」と身をすくませた。
(私、また何か責められるような事をしたのかな……?)
とオドオドしながら、さらにクレアの白衣の裏へと深く隠れ込んでしまう。
その様子を見かねて、クレアが静かに口を開いた。
「なぁ、リフリッジ。……この子は、いざという時に自分を守れる。だが、リフリッジはどうだい?」
冷たくも聞こえる、だが紛れもない『現実』を突きつける問いだった。
「え……」
リフリッジは反論しようとして、言葉に詰まった。
自分に何ができるのかを考えてみたが、悲しいほど何も思い浮かばなかったからだ。
魔物と戦う体力はない。
便利な魔法を使う事もできない。
おまけに、死の淵をさまよう熱病から立ち直ったばかりの病み上がりで、長期間にわたって激しく体を動かす事すら難しい。
足手まといになる。
その絶対的な事実の前に、返す言葉がなかった。
「でも……っ」
頭では理解できても、どうしても置いていかれる恐怖と寂しさに、納得できない気持ちが胸の中で渦巻いていた。
そんなリフリッジの前に、はじめがゆっくりと歩み寄った。
「なぁ、リフリッジ」
はじめは、妹の震える肩を真っ直ぐに見つめた。
「俺は、お前が元気で、笑って過ごしているところを見たいんだ。
そのために、俺なりに色々と頑張ってきたつもりだ」
はじめの脳裏には、月光蓮を求めて泥沼を這いずり回った記憶や、圧倒的な敵に立ち向かった恐怖がよぎっていた。
しかし、それ以上に、彼を苦しめていたのは『自分の無力さ』だった。
「いつも心配をかけて、負担をかけてばかりですまない。
お前を不安で苦しめてばかりで、結局なにも一人じゃ解決できない俺を……どうか許して欲しい」
はじめはそう言うと、深く、深く、リフリッジに向かって頭を下げた。
「お兄ちゃん……」
リフリッジは息を呑んだ。
命がけで自分を救ってくれた大好きな兄に、あんなに思い詰めた顔で謝らせてしまった。
その事実に、今度は強烈な罪悪感がリフリッジの胸を締め付けた。
「ごめんなさい……っ。私の方こそ、自分のことしか考えてなくて、わがままばかり言ってしまって……」
リフリッジの目から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
重く、そして悲しい沈黙が居間を包み込んだ。
誰もが次の言葉を探して俯いていた、その時だった。
「はいはーい! まぁまぁ、リフリッジちゃんは、はじめちゃんが大事だから、何か危ない事が起こって欲しくないんだよ。そこはわかってあげてね、はじめちゃん!」
底抜けに明るい声が、その気まずい空気をパチンと弾けさせた。
カエデだった。彼女は手についた煎餅の粉をパンパンと払いながら、二人の間に入ってニコッと笑った。
「よしっ、コレでこの悲しいお話は終わり! マナちゃんを助けるために、まずはしっかり英気を養おう!」
カエデはドンッと自分の胸を叩き、頭の獣耳をピンと立てた。
「私がすっごく美味しい料理を作ってあげるからねぇ! 期待してて!」
そう言って、カエデははじめたちに向かってパチッとウインクをし、元気よく親指を立ててサムズアップしてみせた。




