帰路の会話と、歩き疲れた白龍
完全に夜が明け、朝の清々しい空気が漂い始めた道を、はじめとクレア、そしてフリルの少女の三人が歩いていた。
崩壊した町を「キミ」と呼ばれた少女の不思議な力で元に戻すのかと思いきや、彼女の体力が尽きてしまったため、まずは一旦家へ引き返すことになったのだ。
「とりあえず、一回俺の家に戻ろう。リフリッジがちゃんと夢の世界から現実に戻ってきているのか気になるし……」
前を歩きながらはじめが言うと、隣に並ぶクレアが頷いた。
「ああ、私もそれに賛成だ」
クレアは白衣のポケットから新しい煙草を取り出し、火をつけずに口にくわえた。
「本来なら、このまま村を出て、ERageからの呪縛を破る方法を探す当てのない旅に出るつもりだったんだが……
マナがプロテクトをかけてくれたおかげで、急ぐ必要はなくなったからね」
「でも、完全に呪縛が解けたわけじゃないんだろ?」
はじめの問いに、クレアの表情が少しだけ曇った。
「玉座の間にある私の『水晶玉』を完全に破壊しない限り、根本的には逃れられない。
だが、それにはリスクが大きすぎるんだ。
精神が直結している以上、破壊されたショックで私の命も失われる可能性がある。
それに、水晶玉自体に魔力を察知する能力があって、異変があればすぐにERageに知らせる仕組みになっている。
隠密に破壊するのは困難だろうね」
クレアはふぅと息を吐き出し、言葉を続けた。
「エアリアルのような手練れが直接干渉してくれば、このプロテクトがあっても精神支配を完全に逃れることは難しいかもしれない。
だが……私の知る頃とERage軍の精鋭の入れ替えがなければ、あれ以上の使い手はもういない。
だから当面は問題ないはずだ」
その言葉を聞いて、はじめの中に一つの疑問が浮かんだ。
最強が『1号』のエアリアルで、クレアが『3号』
ならば、その間にいるはずの存在はどうなっているのか。
「なぁ、クレア。じゃあ『2号』はどうなんだ?」
はじめが尋ねると、クレアは少し呆れたように肩をすくめた。
「あぁ……あいつはちょっと、性格に問題があってね。
私とは違う形で、すでにERageからの支配を逃れているはずだ。
今はどこぞで傭兵でもやっているだろうさ」
「傭兵って……キシアでか?」
「おそらくね。
あいつは根っからの戦闘狂だからな。
ERageの野望の事にも、この世界の事にも全く興味がない。
……もちろん、私の事にもな」
クレアがかつての同胞について語っていると、ふと、二人の背後から「ゼェ……ゼェ……」という、ひどく息を切らした苦しげな音が聞こえてきた。
振り返ると、数メートル後ろで、フリルの少女『キミ』が膝に手をつき、肩で激しく息をしていた。
はじめとクレアが立ち止まると、少女は涙目になりながら、言葉を発する余裕もないのか、必死に目で「お休みしませんか?」と合図を送ってきた。
「お嬢ちゃん、人間の姿では全然体力ないんだな」
クレアが微笑ましく笑いながら声をかけると、少女はシュンと肩を落とし、「ごめんなさい……」と申し訳なさそうに呟いた。
あんなに巨大な白龍の姿で規格外の竜巻を起こしたというのに、人間の姿になった途端、普通の村の子供よりも体力がなくなってしまうらしい。
はじめは苦笑しながら少女の元へ駆け寄り、その小さな背中をさすってやった。
「いいさ。君にも苦手なところがあるって、そんな可愛らしいところがわかっただけでも十分さ。
少しここで休んでいこう」
はじめが優しく慰めると、少女はハッとして顔を上げた。
潤んだ大きな瞳ではじめの顔をじっと見つめ、そして、みるみるうちに耳の先まで真っ赤に染め上げていった。
しっぽがパタパタと落ち着きなく揺れている。
その光景を少し離れた場所から見ていたクレアが、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべた。
「やれやれ。リフリッジがコレを見たら、どう思うかなぁ?」
茶化すようなクレアの言葉に、はじめは慌てて少女から手を離した。
「茶化すなよ! それに、そんなんじゃないって!」
「ほんとかなぁ? ぼうやは無自覚にタラシの素質があるからね。妹の胃に穴が開かなきゃいいけど」
クレアがさらにからかって笑うと、はじめは「もう!」と顔を赤くして反論の言葉を探した。
そんな二人の軽快なやり取りを見ていた少女の顔から、先ほどの疲労と申し訳なさがスッと消え去った。
張り詰めていた緊張が完全に解け、少女は口元を小さな両手で隠しながら、「クスクス……」と楽しそうに笑い声を漏らした。
朝陽に照らされた一本道に、穏やかな笑い声が響いていた。




