フリルの少女と、廃墟の日常
上空のまばゆい光が完全に収まると共に、エアリアルの手によって宙に拘束されていた光のシールドがパリンと音を立てて砕け散った。
解放されたクレアがふらりと地面に着地するのと同時に、上空に浮かんでいた巨大な白龍の体が眩く発光し始めた。
光はみるみるうちに小さく縮んでいき、やがて人の姿へと変わっていく。
ゆっくりと地上に降り立ったのは、とても可愛らしい一人の少女だった。
フリルやレースをふんだんにあしらったメルヘンチックな衣装を身にまとい、頭には大きなリボンをつけている。
巨大で神々しかった龍の面影はすっかり消え失せてしまったが、その外見には少し似つかわしくない純白の『龍のしっぽ』だけが、スカートの裾からパタパタと揺れていた。
少女は、竜巻によって完全に崩壊してしまった町の廃墟に向かい、静かに両手を合わせてしばらくの間、目を閉じて祈っていた。
落ち着きを取り戻したクレアは、煙草に火をつけることもせず、ただ静かにその少女の祈りの後ろ姿を見守っていた。
やがて少女の祈りが終わると、強烈な光から身を守るためにうずくまっていたはじめが、うっすらと姿を現した。
「……終わったようね」
沈黙を破り、クレアが短く告げた。
最強の敵を退けたというのに、その声に歓喜の色はない。
(俺は……今回も、結局なにもできなかった)
はじめは立ち上がりながら、心の中で強く自分を責めていた。
(いつも守られてばかりだ。アンナに、クレアに、マナに……そして最後は、見ず知らずの龍にまで助けられてばかりだ)
自分の無力さに悔しさが込み上げ、下を向いてギリッと強く歯噛みをした、その時だった。
「大丈夫」
ふわりと甘い香りがして、少女が優しくはじめの頭を撫でた。
「あなたは私を助けてくれたから……」
はじめは顔を上げた。
少女は慈愛に満ちた、本当に嬉しそうな笑顔ではじめを見つめている。
しかし、はじめには巨大な白龍はおろか、目の前で微笑むフリル姿の少女のことなど何一つ知らない。
出会った記憶も、助けた記憶も、一切の心当たりがなかった。
「……変な慰めはやめてくれ」
はじめは、やり場のない悔しさから、ついぶっきらぼうな態度でそう言い放ってしまった。
その冷たい拒絶の言葉を聞いた瞬間、少女は「ひっ」とビクッと肩を震わせた。
そして、みるみるうちに大きな瞳に涙を浮かべると、「……ごめんなさい」と消え入るような声で呟き、しっぽを丸めてうつむいてしまった。
(うわぁ……女の子はめんどくさいなぁ……)
はじめは内心で頭を抱えた。
だが、圧倒的な力で自分たちを助けてくれたはずの恩人が、自分の心無い一言で今にも泣き出しそうになっている姿を見て、さすがに罪悪感が勝った。
「ごめん。なにもわかってないのに、八つ当たりしてしまって……助けてくれて、ありがとう」
はじめは素直に謝罪すると、今度は自分から手を伸ばし、少女の頭をポンポンと優しく撫でた。
すると、少女は顔を一気に真っ赤に染め上げ、涙目のままコクコクと小さく頷いた。
「ゴホン」
不意に、背後からわざとらしい咳払いが聞こえた。
「取り込み中のところ悪いが、そろそろ出発しよう。のんびりしている暇はないからね」
白衣のポケットに両手を突っ込みながら、クレアが呆れたような顔で声をかけてきた。
「あ、ああ、そうだな。……でも、町がめちゃくちゃになってしまったけど、どうするつもりなんだ?」
はじめが少女に尋ねようとして、あることに気がついた。
「あっ! そうだ、まだ名前を聞いてなかった。君の名前は?」
少女はさらに顔を赤らめると、両手の指を口元で交差させ、小さく『バツ』の形を作った。
「今は、まだ言えないの……」
(外見通り……いや、それ以上にちょっとめんどくさいタイプの子だな)
はじめは少女に気づかれないようにそっとため息をついた。
だが、命の恩人を無碍にはできない。
「わかった。じゃあ……とりあえず『キミ』でいいかな?」
はじめが優しく声をかけると、少女は恥ずかしそうに再び俯き、
「ふぁい」
と返事をした。
どうやら、緊張のあまり思い切り舌を噛んでしまったらしい。
「ふぁい、って……」
その情けなくも可愛らしい返事を聞いた瞬間。
「アハハハハハッ!!」
ずっと張り詰めた顔をしていたクレアが、突然お腹を抱えて大笑いし始めたのだ。
彼女が、こんな風に声を上げて笑うのを、はじめは初めて見た。
死の恐怖と絶望が支配していた空間の、張り詰めていた緊張の糸が、完全に解けた瞬間だった。
(周りがこんな廃墟のような風景でもなければ……またいつも通りの日常が帰ってきたのかなって、錯覚しそうだな)
はじめは、笑うクレアと顔を真っ赤にしてパニックになっている『キミ』を見ながら、心の中でそう思った。
「……マナを助けに行こう。キミも、ついて来るかい?」
はじめが優しく微笑み、少女に手を差し出した。
キミと呼ばれた少女は、少しだけ前のめりになりながら、顔をりんごのように真っ赤にしたまま、コクコクと何度も力強く頷いていた。




