恩返しの白龍と、砕け散る水晶
『――助けにきたよ』
胸元から溢れ出した黄金の光の中で、はじめはその不思議な声を聞いた。
性別も年齢も超越したような、とにかく不思議な声質だった。
しかし、聞いていてひどく心地が良く、激しく波打っていたはじめの心臓の鼓動が、嘘のようにスッと落ち着いていくのを感じた。
目を開けると、はじめは現実のホテル跡地ではなく、温かな光に満ちた精神世界のような場所に浮かんでいた。
そして彼の目の前には、視界に収まりきらないほど巨大な『白龍』が顔を近づけていた。
純白の美しい鱗を持つ神々しい巨竜。
だが、その恐ろしげな外見とは裏腹に、龍は大きな体に見合わぬ、つぶらで可愛らしい瞳をしてはじめを見つめていた。
「ぼくを助けてくれてありがとう、君に恩を返しに来たんだ」
白龍は、あの心地よい優しい声でそう言った。
はじめは呆然とした。
龍を助けたような心当たりなど全くない。そもそも、おとぎ話の生き物である龍をこの目で見るのも、これが初めてだった。
「俺が、お前を助けた……?」
はじめの困惑をよそに、白龍はふわりと目を細め、優しく微笑むような表情を作った。
「ぼくの世界の中で休んでいてね。わるものはすぐに倒してあげるから……」
その言葉を最後に、はじめの意識を包んでいた光のドームが薄れ、少しずつ元の世界の景色が透けて現れてきた。
現実世界。
はじめの体から突如として放たれた目眩しの光に、エアリアルは「チッ!」と不快な表情を浮かべて槍を庇いにし、目を細めて怯んでいた。
そして光が収まった直後、彼女の目の前には、はじめを背後から守るようにして顕現した、あの巨大な白龍の姿があったのだ。
「な、なんだ貴様は……!?」
エアリアルが驚愕に目を見開いたその隙を、白龍は見逃さなかった。
巨体が動いたとは思えない、目にも止まらぬ早さで純白の翼を力強く羽ばたかせる。
ズゴォォォンッ!という凄まじい風切り音と共に、大気が捻じ曲がり、巨大な竜巻が瞬時に二つ発生した。
「しまっ――!」
エアリアルが回避行動をとるよりも早く、二つの竜巻は彼女を挟み込むようにして完全に飲み込んだ。
白龍は、竜巻の中で木の葉のように揉まれる最強の刺客を一瞥すると、ふっと目を閉じ、精神を周囲の町へと集中させた。
「……よかった。マナちゃん、町の住人はちゃんと避難させておいたんだね。……だから、あんなに早く力を使い果たしちゃったのか」
白龍は誰に言うともなく、優しく呟いた。
マナはただエアリアルに敗北したわけではなかった。
あの短時間の戦闘の裏で、神の力を振り絞り、この町の住人全員を安全な空間へと隔離していたのだ。
はじめが一人で逃げている間に彼女が霧散してしまったのは、住人を守るために全魔力を使い切ったからに他ならなかった。
「でも、町はぐちゃぐちゃになっちゃうね。ごめんね、戦いが終わったら戻しておくからね」
白龍は、巻き上がる暴風によって被害を受けていく町の様子を悲しそうな顔で見つめた。
その視線の先では、ERage軍の最強『1号』であるエアリアルが、為す術もなく竜巻の圧倒的な暴力に蹂躙されていた。
「ぐぁぁぁっ! ば、バカなっ! このわたしが、手も足も出せないだと!?」
魔槍を振るうことすらできず、竜巻の暴風の壁に何度も体を打ち付けられながら、エアリアルは屈辱と困惑の声を上げた。
彼女の異常な魔力をもってしても、この神話級の白龍が引き起こした自然の猛威を打ち破ることはできなかった。
「そうだよ」
白龍は、はじめを安心させた時と同じ優しい声でエアリアルに語りかけた。
しかし、その響きの奥底には、決して悪を許さないという冷徹で強い意志が秘められていた。
「君は、悪事を重ねすぎたんだ。
申し訳ないけど、ここで散ってもらう必要がある」
白龍の瞳が、静かに見開かれた。
「では、ここでお別れだね」
その言葉が死刑執行の合図だった。
竜巻の力がさらに一層増し、轟音を立てながら天高く向かって伸びていく。
暴風の吸引力は極限に達し、周囲のホテルの残骸や町の建物がバラバラに引き裂かれながら、次々と竜巻の中へと吸い寄せられていく。
「ぐ、ぐあああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
エアリアルの絶叫が風の音に掻き消されていく。
彼女の体は、巨大なミキサーのような竜巻の内部で錐揉み(きりもみ)状態になりながら、遥か上空へと打ち上げられていった。
そして、エアリアルが天空高く舞い上がった、その瞬間。
カッ……!!!
夜明けの空を完全に白夜に変えるほどの、目が潰れるほど眩い光が周囲を照らした。
二つの竜巻が限界まで圧縮した膨大なエネルギーを空中で解放し、凄まじい爆音と共に大爆発を起こして完全に消失したのだ。
強風の余波が地上を撫でていき、やがて静寂が戻った。
上空には、チリ一つ残されていない。
魔槍エアリアルの姿は、完全にこの世から消し飛んでいた。
東の空から、温かい朝日が昇り始めていた。
シーンは変わり、光の届かない地下深くの空間。
禍々しい装飾が施された玉座の間。
宙に浮遊する7つの水晶玉のうち、一つが突如として強烈な光を放ち始めたかと思うと――。
パァンッ!!
弾けるような音を立てて、粉々に爆散した。
「――なっ!」
玉座に深く腰掛けていたERageが、弾かれたように立ち上がった。
足元に散らばる水晶の欠片を、血走った目で見つめる。
彼の顔は、信じられないものを見たという驚愕と、底知れぬ恐怖で青ざめ、ワナワナと震え上がっていた。
「バカな……。余の最高傑作、エアリアルが倒されただと……!?」
決して敗北などあり得ないはずの最強の駒が、いとも容易く盤上から消し飛ばされた。
想定外の絶対的な力の出現に、皇帝を自称する男の余裕は完全に崩れ去った。
「鍵を……! フロウディアの鍵を守らなくては……!!」
ERageは震える手で懐に手を入れると、古びた重厚な『鍵』を取り出した。
彼は額に冷たい汗を浮かべながら、まるでそれにすがるかのように、自分の手にある唯一の希望を血走った目でじっと眺め続けていた。




