夜明けの指切りと天空からの光〜後編〜
土煙がゆっくりと晴れていく中、クレーターの底に立つ少女が、禍々しい細身の槍を軽く振り払った。
その瞬間、周囲の空気が重く凍りついたような錯覚に陥る。
「……我が名は魔槍エアリアル」
底知れぬ威圧感を伴った自己紹介。
エアリアルと名乗った少女は、氷のような眼光で、壊れたドアの奥で苦痛にのたうち回っているクレアの姿を一瞥した。
「そこの裏切り者の汚らしいメス犬を始末しにきた」
吐き捨てるような冷酷な言葉。
そして、エアリアルの鋭い視線が、立ちすくむはじめとマナへと向けられた。
「お前達は一体何者だ」
空気がビリビリと震えるほどの、圧倒的なプレッシャーを伴った問いかけ。
はじめの喉はカラカラに乾き、息を吸うことすら苦しい。
隣にいる神様であるはずのマナでさえ、その異常な魔力に気圧され、青ざめた顔で固まっていた。
恐怖で声帯が麻痺し、二人共なにも答えることができない。
「答える気がない……か。メス犬の仲間は礼儀作法とやらを知らないらしい」
エアリアルは不愉快そうに目を細め、侮蔑するような視線で二人を見下ろした。
「さしずめ、女王を守る姫と騎士……いや、犬か?」
彼女は特にはじめへと視線を固定し、嘲笑するように鼻で笑った。
「何分私も忙しい。メス犬を大人しく渡すようなら、ここでお前達を見逃してやろう」
それは提案という名の、絶対的な死の宣告だった。
従わなければ殺す。
その事実が、はじめの頭を鈍器で殴られたように揺さぶる。
全身の血の気が引き、指先から温度が失われていく感覚。
心臓が胸を突き破りそうなほど、異常な高鳴りを上げている。
恐怖で膝が崩れ落ちそうになるのを、はじめは奥歯を噛み締めて必死に堪えた。
(ここで逃げたら……アンナの時と同じだ!)
はじめは左の拳を固く握りしめ、精一杯の勇気を振り絞って、前を向いた。
「……断る」
震える、しかし確かな声だった。
それを聞いたエアリアルは、ピクリと眉を動かした。
「何?」
彼女は耳に手を当てるような仕草をし、不敵で残酷な笑みを浮かべながらはじめを挑発した。
「聞こえなかったな。もう一度言ってみろ、小僧」
「断るって言ったんだ!! 俺たちは絶対にお前なんかに……」
はじめが声を張り上げようとした、その時だった。
「……降伏する。私が、身を差し出そう……」
背後から、息も絶え絶えな、掠れた声が響いた。
振り返ると、床でのたうち回っていたクレアが、壁に手をつきながらふらふらと立ち上がっていたのだ。
「クレア!? なに言ってんだ、それではきみが……!」
はじめが駆け寄ろうとするのを、クレアは手で制止した。
「奴……エアリアルは、ERageの配下の中でも特に精鋭、最強とされる『1号』の称号を持っている。
……私達が束になって力を合わせても、勝算は万に一つもない」
クレアは苦しげな呼吸の合間に、絶望的な事実を告げた。
「昨日の……実験の結果から予測されるマナの力を合わせても、だ。
おそらく自分たちの力は、エアリアルの半分くらいしかないだろう……」
それは、元3号であるクレアの冷徹な分析だった。
逃げることも、戦うことも許されない圧倒的な力量差。
だが、はじめはそんな絶望的な状況でも、決して諦めたくなかった。
「嫌だ!!」
はじめは悲痛な叫びを上げた。
「俺の目の前で、誰も死なせたくない!!」
アンナが光となって消えたあの光景が、再びフラッシュバックする。
もう二度と、あんな思いはしたくなかった。
しかし、クレアは悲しげに目を伏せた。
「……時には現実を知ることも必要だ、はじめ」
そう言い残し、クレアはよろめく足取りではじめたちの前に出た。
そして、自ら両手を前に差し出し、エアリアルへと歩み寄った。
「賢明な判断だ」
エアリアルが冷たく言い放つと、彼女の右手に握られていた水晶玉が輝きを放った。
直後、クレアの体を光のボールのようなものが包み込み、彼女を完全に閉じ込めて空中に拘束した。
光の檻の中から、クレアが鋭い視線で問う。
「……約束は守ってくれるんだろうな。こいつらには手を出さないと」
エアリアルは、小さく肩を揺らした。
「初めはそのつもりだったが、気が変わった」
「……なっ!?」
「あの小僧はここで始末しなければならないと、私の中に流れるERage様の力が言っている」
エアリアルの口元が、三日月のように歪んだ。
それは、獲物を甚ぶり殺すことを楽しむ、純粋な愉悦の表情だった。
彼女は左手の禍々しい細身の槍を構え、一切の躊躇なく、はじめの心臓を目掛けて強烈な一撃を突き出した。




