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二重の鍵と、女医の決別

「……まあいい。今は誰が人払いをしたかよりも、やるべきことがある」


奇妙なシンクロに一瞬だけ固まった二人だったが、先に冷静さを取り戻したのはクレアだった。彼女はコホンと一つ咳払いをして、はじめに向き直った。


「鍵は持ってきているかい?」


「ああ、もちろん。あれから肌身離さず身につけてるよ」


はじめは首元に手をやり、服の下から太い革紐で結ばれたペンダントを引っ張り出した。


その先端には、昨日リフリッジの体内から取り出され、夜の公園ではじめの魔力に呼応した重厚な『鍵』がぶら下がっている。


大切なものを落とさないための、はじめなりの工夫だった。


「いい心がけだ」


クレアは一つ頷くと、公園の真ん中を顎でしゃくった。


「昨日はあんたの魔力を炎として放出させたが、あの鍵の本来の役割は兵器の起動と『共鳴』だ。


目を閉じて鍵の力に深くアクセスし、他の鍵……次に探すべき鍵が世界のどこにあるか、導き出してみな」


はじめは言われた通りに目を閉じ、胸元の鍵を左手でぎゅっと握りしめた。


昨日のように力任せに熱を放出するのではなく、自分の中の魔力を静かな水面のように広げ、鍵の深淵へと浸透させていく。


すると、はじめの意識の暗闇の中に、ふっと淡い光が灯った。


光は幾何学的な線を描きながら広がり、やがて世界全体を記した『一枚の巨大な地図』のようなビジョンとなって頭の中に浮かび上がったのだ。


(……すごい。大陸の形、海、山脈……全部頭に直接流れ込んでくる)


その広大な地図の中心――今自分が立っているこの村の場所で、一つの赤い光が鼓動するように点滅していた。


しかし、はじめはすぐにそのビジョンの「違和感」に気づいた。


(全部で7本あるはずの鍵。俺の持っている1本を除けば、残り6本の光が世界のどこかにあるはずなのに……)


地図上には、中心の赤い光のほかに、遠く離れた場所に点在する『5つ』の光しか表示されていなかった。


1本足りない。


さらに奇妙なことに、自分の現在地を示している中心の赤い光が、まるで焦点の合っていないレンズを通したように『2重』にブレて見えていたのだ。


はじめがゆっくりと目を開けると、クレアが静かに問いかけた。


「……何が見えた?」


「地図みたいなものが頭に浮かんだ。でも……おかしいんだ」


はじめはまだ額に残る熱を拭いながら、見たばかりのビジョンを説明した。


探すべき鍵が5本しか表示されなかったこと、そして、自分の現在地を示す光が2重にブレて重なっていたことを。


それを聞いたクレアは、ふうっと長く細い息を吐き出した。


「なるほどね……。まず、中心の光が2重になっていた件だが、おそらくアンナの鍵だ」


「アンナの……? でも、あいつは俺の目の前で光になって消えちゃったぞ」


「アンナ自身はともかく、鍵まで消滅したとは考えにくい」


クレアは断言した。


「あの7本の鍵は、ただの金属じゃない。


空中要塞フロウディアの心臓部と深く、物理法則を超えて繋がっている。


要塞そのものが完全に消滅しない限り、鍵だけがこの世から消え去ることはない……そういう絶対的な仕掛けになっているんだ」


「じゃあ、アンナの鍵はまだこの村のどこかに……?」


「ああ。もしかしたら、あのごちゃごちゃした騒ぎの中で、マナがちゃっかり拾って持っているのかもしれないね。後であの騒がしい神様に確認してみてくれ」


はじめは昨夜の夢を思い出し、(あいつなら、確かに平然と拾って隠し持ってそうだ……)と妙に納得してしまった。


「それより問題は、もう一つのほうだ」


はじめの表情が引き締まる。


「地図に表示されなかった、見えないもう1本の鍵……あれはどこにあるんだ?」


「おそらく……ERageの手元にある」


クレアの口から出たその名前に、周囲の空気が一段と冷え込んだ気がした。


「あの男は、神の力を奪い、すでに規格外の魔力を手に入れている。


鍵が持つ共鳴の魔力以上の力で上書きしてしまえば、鍵の存在自体を世界の地図から隠蔽いんぺいできてしまっても何らおかしくはない」


見えない敵。


圧倒的な力。


はじめは胸元の鍵を強く握りしめた。


「……さて。私からあんたに伝えられること、教えられることは、おそらくこれで全部だろうな」


クレアはふいに、どこか寂しげな響きを帯びた声でそう言った。


はじめが顔を上げると、クレアは白衣のポケットから煙草を取り出そうとし――それを途中でやめ、ただじっと自分の震える指先を見つめていた。


「さっきも言ったが……昨日、マナを剣で斬ろうとしたあの瞬間、私の脳は一瞬だけERageの精神と繋がってしまった。


あの男の底知れない怒りと、冷たい玉座の空気を感じたんだ」


クレアの顔に、かつてないほどの恐怖と苦悩が浮かんでいた。


「私はまだ自由だ。だが、この自由がいつまで続くかは分からない。


玉座の水晶玉が私の脳を再びハッキングし、ERageの狂気が私を完全に飲み込むのは、明日かもしれないし、一時間後かもしれない」


「クレア……」


「もし私が再び『3号』に戻ってしまえば、あんたやリフリッジ、家族たちを……この手で殺してしまうかもしれない」


クレアは自らを抱きしめるように両腕を交差し、一歩、はじめから距離を取った。


「だから、私は村を出ることにするよ」


静まり返った無人の公園に、クレアの悲壮な決断が落ちた。


はじめを導き、リフリッジを救ってくれた頼れる大人が、自らの呪われた運命から彼らを守るために、たった一人で闇の中へ消えようとしていた。

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