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夢の境界線とはち切れそうな女神〜後編〜

眩い光がゆっくりと収束していく中、はじめは恐る恐る目を開けた。


そこにいたのは、先ほどまで「めんどくさい」と駄々をこねていたわがままな子供の面影を完全に消し去った、一人の女性だった。


豊満な肢体はそのままに、その空気感は劇的に変化している。


吸い込まれるような紫の瞳は潤みを帯び、慈愛と、どこか退廃的な色気を孕んだ妖艶な微笑を浮かべている。


その姿は、語り継がれる神話の挿絵から抜け出してきた「女神」そのものだった。


「……驚かせちゃったかな。これが、本来の私の精神に近い姿だよ」


鈴の音をさらに深く、艶やかにしたような声が響く。


はじめはその圧倒的な美しさと神々しさに気圧され、言葉を失って立ち尽くすことしかできなかった。


「はじめちゃん。私が今の情けない姿で現世を彷徨っているのは……あいつ、ERageに力を奪われたから。


そして何より、その原因を作ってしまったのは、私自身の浅はかな行いだったの」


女神――マナは、自嘲気味に目を伏せた。


「ERage……あいつはね、今の冷酷な皇帝を自称する前は、とても小さくて病弱な少年だったの。


本当の名前もあったはずだけど……今の欠けた私の記憶では、どうしても思い出せない。ただ、彼は物心ついた時からずっと、死の影に怯えて生きていた」


マナの語る過去は、はじめの知る凶悪な独裁者のイメージとはあまりにかけ離れていた。


「20歳を迎える前に死ぬだろうと、親族の誰からも疎まれ、見捨てられていた。


けれど、彼は一つだけ、特別な天賦の才を持っていたの。それは……『直感力』


理屈を超えて、自分が生き残るための道を嗅ぎ分ける能力」


マナは夢の中の白い床に、波紋を描くように指を滑らせた。


「隣国キシアが攻めてきたあの日。


王宮が炎に包まれる中で、彼は誰よりも早く崩壊を察知して抜け出した。


そして、吸い寄せられるように私のいる北ウォー沼の祠へと辿り着いたの」


はじめの脳裏に、かつての惨劇の光景が浮かび上がる。


「祠に辿り着いた時、彼はもうボロボロだった。


道中で凶悪な魔物に襲われ……片目は無惨に抉り出され、腹からは内臓が飛び出していたわ。


人間なら、もう一分も生きていられないような無惨な姿で。


それでも、彼は諦めなかった。


泥を這いずり、私の像に縋り付いて、必死に訴えたの。


『生きたい』と。その執念だけが、彼の命を繋ぎ止めていた」


「私は……その姿を見て、情に流されてしまった。皇族とはいえ、虐げられて生きてきた彼の不幸な境遇に同情し、助けようとしたの。


けれど、私が彼に手を差し伸べ、精神を繋げて癒やそうとした瞬間……事件は起きたわ」


「繋がった……のか?」


はじめの問いに、マナは重く頷いた。


「ええ。傷ついた肉体を治すためには、精神の深い場所で結合する必要があった。

けれど、彼の内側にあったのは、純粋な生への渇望だけじゃなかったの。


長年虐げられてきた者特有の、世界への歪んだ憎悪と、底知れない支配欲……。


私の慈悲を逆手に取って、彼は私の精神の奥底へと牙を剥いた。


結合した回路を通じて、私の力の半分以上を強引に吸い上げたのよ」


「そんな……。助けようとしたのに、裏切られたっていうのか」


「自業自得よ。神が人の情に溺れれば、こうなる。


彼は奪い取った私の神力と、自分自身の天性の直感力を掛け合わせ、爆発的な魔力を手に入れた。


そしてそのまま北ウォー沼を飛び出し、夜の闇へと消えたわ。


……その後よ。彼が『ERage』と名乗り、竜の山の麓に禍々しい城を構えたという噂が聞こえてきたのは」


竜の山。


はじめはその名を聞いて、背筋が凍るのを感じた。この島でもっとも険しく、近づく者など誰もいないと言われる呪われた霊峰だ。


「……はじめちゃん。ごめんね、重い話になっちゃって」


そこまで語り終えると、女神の妖艶な微笑みが、ふっと和らいだ。


そして、声が少しずつ変化していく。


先ほどまでの深く艶やかな響きから、聞き慣れた、あの高くて少し生意気な「子供のマナ」の声へと。


「……ちょっといいかな」

女神の姿のまま、マナは子供のような仕草で首を傾げた。


「ここからは、今の私の気持ちを伝えたいから。……ちょっとだけ、元の『マナちゃん』の力を借りるね」


彼女はゆっくりとはじめに歩み寄り、至近距離で立ち止まった。


大人の姿の彼女に見つめられると、はじめは心臓が口から飛び出しそうなほど高鳴った。


マナは優しく、そしていつになく穏やかな表情ではじめを見つめた。


その瞳には、子供の無邪気さと、女神の慈愛が不思議なほど完璧に混ざり合っていた。


「キシシッ……これからも、よろしくね、はじめちゃん」


その微笑みは、夢の中の白い世界を、何よりも温かく照らしていた。

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