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白昼夢の帰還と神の眼差し

「……終わった」


公園の入り口でへたり込んでいたはじめは、絶望的な気分で頭を抱えていた。


白昼堂々、幼い少女を木に縛り付けて剣を振り下ろそうとした女医と、その入り口を見張っていた共犯者の少年。


どう弁解しても、村の警備隊にしょっぴかれて厳しい取り調べを受けることは避けられないだろう。


リフリッジや家族に何と説明すればいいのか、そもそもどうやってクレアを助け出せばいいのか。


はじめが重い足取りで警備隊の隊員たちの方へ歩み寄り、両手を前に差し出そうとした、その時だった。


「あらあら~、お嬢ちゃん、こんなところで迷子になってたのねぇ~。よかったよかった~」


「……は?」


はじめは、自分の耳を疑った。


先ほどまで「怪しい女だ、拘束しろ!」と鋭い怒号を飛ばしていたはずの警備隊長が、まるで春の陽だまりでまどろんでいるような、夢見がちでフワフワとした声を出したのだ。


隊長だけではない。


マナの縄を解いていた女性隊員も、クレアを取り押さえていた屈強な男たちも、全員が示し合わせたように、トロリとした生気のない笑顔を浮かべていた。


「お医者さん、疲れちゃって原っぱでお昼寝してるのね~。風邪引いちゃうから、毛布かけてあげないとぉ~」


「ほんとほんと~、ぽかぽかして気持ちよさそうだねぇ~」


彼らは拘束の縄をするすると解き、倒れているクレアの頭の下に、ご丁寧に丸めた上着まで敷いてやり始めた。


入り口を封鎖していたはじめに対しても、誰一人として咎める様子はない。


それどころか、すれ違いざまに「お兄ちゃんもお散歩~? うふふ、いいお天気だねぇ~」と、焦点の定まらない目で微笑みかけてくる始末だった。


「な、なんだよこれ……」


はじめは完全に混乱し、その場に立ち尽くした。


たった今、ここで殺人未遂の凶行が行われそうになっていたのだ。


警備隊員たちは確かにその現場に突入してきたはずなのに。


まるで最初から『何の事件も起きていなかった』かのように、彼らの認識そのものが書き換えられてしまっている。


はじめは得体の知れない恐怖で鳥肌が立つのを感じながら、足早にその場を離れることしかできなかった。


その夜。


はじめの家の玄関の扉が、トントン、と控えめにノックされた。


「はーい、どなたかしら~」


義理の母親が扉を開けると、そこには昼間の警備隊員の一人が立っていた。その後ろには、大きな担架たんかが置かれている。


「こんばんはぁ~。お医者さんがまだすやすや眠ってるから、お家まで運んできたよぉ~。えっほ、えっほ~」


警備隊員は、やはり昼間と同じようにフワフワとした、まるで絵本を読み聞かせるような現実味のない口調で、気を失ったままのクレアを乗せた担架を居間へと運び込んできた。


居間の隅でその様子を見ていたはじめは、背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。

さらに彼を戦慄させたのは、それを迎え入れた義理の母親の態度だった。


「あらあら~、ご苦労様ねぇ~。クレア先生ったら、あんなフワフワの担架に乗せてもらって、気持ちよさそうねぇ~。うふふ~」


「母さんまで……どうしちゃったんだよ! 目を覚ましてくれよ!」


はじめが思わず叫んでも、母親も警備隊員も、ニコニコと微笑むばかりで全く言葉が通じない。


まるではじめだけが、狂気の世界にただ一人取り残されてしまったかのようだった。


「……ねぇ、はじめちゃん」


足元から、静かな声がした。


ハッとして視線を落とすと、担架の脇に、マナが立っていた。


彼女は、いつも持っている身の丈ほどの魔法の杖を、両手で白くなるほどギュッと固く握りしめていた。


はじめを見上げるその瞳には、いつもの天真爛漫で食い意地の張った幼児の面影は微塵もなかった。


そこにあったのは、途方もなく古い時代から世界を見下ろしてきたような、冷たく、そして全てを見透かすような『真剣な眼差し』だった。


(……マナが、やったのか……?)


周囲の人間たちの認識を歪め、事件そのものを無かったことにする、神の御業。


クレアが命がけで暴き出そうとした彼女の真の力が、今、はじめの目の前で静かに顕現していた。


マナは一切の感情を排した顔のまま、はじめの目を見つめて、ポツリと言った。


「……お話し、しよっか」

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