鉱山町への路程と、闇に潜む白い影
夜が明け、一行は再びニール鉱山への長い道のりを歩み始めた。
木々の隙間から差し込む朝日を浴びながら、クレアが歩調を緩めて懐から地図を取り出す。
「……もう少し進んだところに、鉱山町のようなものが確認できるな。ここで食料を調達できるだろうか」
クレアが指先で地図の拠点をなぞりながら、独り言のように呟いた。
「あー、そろそろ自然の景色ばっかりで飽きてきたー!」
背後から、大きく伸びをしながら不満の声を上げたのはカエデだった。
昨日、夢の空間で涙を流しながら深刻な過去を語っていた姿はどこへやら、一晩寝たらすっかり元通り、いつもの能天気で騒がしいカエデに戻っていた。
そんなカエデの変わりようにはじめが苦笑していると、アズマが少し不安そうな表情を浮かべてクレアに問いかけた。
「あの……町に入るにしても、私たちは怪しまれないでしょうか? 私は他の町の事情にあまり詳しくないのですが、不審者として捕まったりは……」
「この『旅券』とやらがどこまで通用するかだな。……今はアリスの事を信じるしかない」
クレアは腰のポーチに収められた、アリスから渡された書類に触れながら答えた。
アリスが偽造した身分証だ。
これがあれば、大抵の検問は通り抜けられるはずらしい。
「まぁ、今のペースを維持できれば、あと三日ほどでその鉱山町に着くだろう。
そこからさらに半日程度進めば、目的地であるニール鉱山に到着することができるはずだ」
クレアがこれまでの進行速度から冷徹に今後の行程を分析してみせる。
「えぇーっ!? まだそんなにかかるのー!?」
カエデがこれ見よがしに肩を落とし、グチグチと文句を並べ始めた。
そんなカエデに、クレアは歩みを止めぬまま淡々と言い放った。
「文句を言っていても仕方がないだろう。お前よりもずっと小柄なアズマが、こうして黙って歩いているんだ。お前も少しは見習ったらどうだ?」
「むー……」
引き合いに出されたカエデはぐうの音も出ないようで、アズマをジロリと睨みつつ、不満げに頬を膨らませて黙り込んだ。
アズマはカエデの視線に気づくと、どこか誇らしげにふふんと胸を張った。
やがて荒野に再び夕闇が迫り、周囲の視界が急速に狭まっていった。
「……よし、日も沈んできた。今夜もここで野営の準備にしよう」
クレアが足を止め、周囲を警戒しながら周囲に声をかけた。
その時、カエデがふと足を止め、鬱蒼とした林の奥を見つめて首を傾げた。
「……アレ?」
カエデのその小さな呟きを、クレアは見逃さなかった。
「どうした、カエデ。……また例のキツネの姿が見えたのか?」
「いやー……」
カエデはしばらく目を凝らしていたが、やがてパッと頭を振っていつもの調子で笑った。
「勘違いでしょ、さすがに! あいつが私たちをわざわざつけ回す意味なんて、全然わからないもんねー!」
その言葉に、はじめは少しだけ引っかかるものを感じたが、カエデ自身が気にしていないのならと、それ以上深く追求するのはやめた。
「じゃあ、いつもの空間に移動するわよー。みんな、準備はいい?」
マナが手慣れた様子で杖を構え、神聖な魔力を練り上げる。
昨日のような妨害魔法が飛んでくることもなく、今回はトラブルひとつなく、すんなりと『夢の空間』への扉が開かれた。
心地よい浮遊感とともに、はじめ達の姿が光の粒子となって荒野から消え去っていく。
――だが。
その一行が忽然と姿を消したまさにその場所を。
暗くなった林の奥から、大きな白い狐がじっと静かに、ぼんやりと見つめ続けていた。
その黄金色の瞳に宿る感情が何であるかを測り知る者は、まだ誰もいない。




