カエデの過去と、白い狐の記憶
マナの魔法によって無事に『夢の空間』へと移動した一行。
ふかふかのベッドが並ぶ安全な室内で、いつもなら真っ先に騒ぎ出し、お菓子を要求するか爆睡するはずのカエデが、なぜかベッドの端にちょこんと座り、深刻な表情でじっと考え込んでいた。
「カエデさん、大丈夫ですか? 何か悪いものでも食べましたか?」
そのあまりにも珍しい様子を心配したアズマが、温かいお茶を淹れてカエデの前に差し出した。
しかし、カエデはお茶を受け取ることもなく、ただジッと宙を見つめている。
「……さっき林の中で見た『白い狐』が関係してるのか?」
はじめが隣に座り、静かに問いかけた。
カエデはピクッと肩を揺らし、ポツリと呟いた。
「……キュータ」
「キュータ?」
「…………」
カエデはそれきり黙り込み、再び深い思考の海へと沈んでしまった。
隣にいるアズマは「どうしたんでしょう……」とオロオロと困惑している。
カエデのただならぬ様子に、少し離れた場所からクレアも腕を組んで静かに見守っていた。
やがて、意を決したように顔を上げたカエデが、ポツリポツリと自身の過去を語り始めた。
「……私がまだ、ただの『どうぶつの狸』だった頃。
クロベキアの辺境に、キツネをたくさん飼育している施設があったの」
カエデは両膝を抱え、遠い目をして話し出した。
「いつものように空腹に耐えかねて、そこのキツネの餌を横取りしてやろうって忍び込んだんだけど……
そこの施設のおじさんが、すごく良い人で。私みたいな泥棒狸にも、怒らずに餌をくれたんだ」
それからしばらくの間、カエデはその施設でキツネたちと一緒に暮らしていたという。
「その時に一番仲良くしてくれた白い狐の名前が、『キュータ』
……さっきの林にいた狐、あの時のキュータにそっくりだったの。
でも……クロベキアにいたはずのキツネが、こんな遠く離れたキシアにいるわけがないし……うーん……」
カエデは両手で頭を抱え、必死に頭脳をフル回転させていた。
普段は本能と食欲だけで生きているようなカエデが、かつてないほど真剣に悩んでいる。
(なんだか、頭からプシューッと煙が出てきそうな感じだな……)と、はじめは内心でそっと思った。
「それなら、ずっとそのおじさんの施設で暮らさなかったのか?」
はじめが素朴な疑問を口にすると、カエデの表情がスッと暗く沈んだ。
「……キツネの毛皮を集めてる、悪い連中に見つかったのよ」
カエデの小さな手が、ギュッと力強く握りしめられる。
「施設のキツネたちは、全部そいつらに持ち出された。
おじさんも必死に抵抗したんだけど……施設の太い柱にロープで縛り付けられて。
そして、施設ごと火をつけられた」
「っ……!」
アズマが息を呑む。
「おじさんは、おそらくそのまま死んでしまったと思う。
……私とキュータは、運良く炎の隙間から逃げ出す事が出来たんだけど。
でも……当時の私はただの『どうぶつ』で、人間の結んだロープをほどく事なんて出来なくて……おじさんを助けられなかった」
カエデの目から、ポロリと一粒の涙がこぼれ落ちた。
「その時、キュータは燃え盛る炎をじっと見つめながら……『絶対に人間を許さない』って、そういう恐ろしい目をしていたの」
カエデが悲しい過去を話し終えると、隣で聞いていたアズマは「ひぐっ、うわぁぁん……!」と自分のことのようにボロボロと大泣きしていた。
少し離れて聞いていたクレアも、(あのいつもふざけているカエデに、そんな壮絶な過去があったとは……)と、意外そうな顔をして目を伏せた。
マナも何も言わず、静かに話に耳を傾けていた。
「……そうか。そしてお前はまた山の中をさまよう生活になって、やがてアンナと出会うんだな?」
はじめが優しく声をかけると、カエデはズビッと鼻をすすって頷いた。
「うん。……あ、これ、同情を引くための作り話じゃないからね?」
カエデは目を赤くしながらも、少しムキになって付け加えた。
「アンナちゃんと出会う前でも、私には『精霊狸』としての不思議な力があったの。
他のどうぶつや、人の考えている事がなんとなく分かる能力があったんだからね。
だから、キュータの憎しみも痛いほど分かったのよ」
「別に、誰も疑ってないわよ」
マナがそっとカエデに歩み寄り、その小さな背中を優しく撫でた。
「あんたも、今まで色々と大変な思いをしてきたのね……」
カエデの涙とアズマのすすり泣き。
いつもの騒がしさが嘘のように、夢の空間に静かでしんみりとした、どこか切ない雰囲気が流れていた




