針葉樹の森と、白い狐
夜が明け、一行は再びニール鉱山を目指して荒野を歩き始めた。
太陽が高く昇る頃には、カエデが早くも音を上げ始めていた。
「あー、もう疲れたー! 歩きたくないー!」
足を引きずり、子供のように駄々をこねるカエデ。
「カエデさん、もう少しですから頑張ってください。はい、お水ですよ」
アズマが自分の水筒を取り出し、甲斐甲斐しくカエデに差し出す。
カエデは「ありがとー」と受け取り、ゴクゴクと喉を鳴らした。
(……なんだかんだで、あの二人、いいコンビになってきたな)
はじめは、昨日まで取っ組み合いの喧嘩をしていたとは思えない二人のやり取りを見て、微笑ましく思っていた。
列の先頭を歩くマナが、後ろを振り返って杖を振る。
「カエデちゃん、大人しくしてれば私の『力』で魔物が寄ってこないように結界を張れるんだから、ちゃんと大人しくしててよね」
「はーい」と気の抜けた返事が返ってくる。
クレアが歩きながら懐から地図を取り出し、現在地を確認した。
それを横目で見にいったカエデが、絶望したように両手をだらんと下げた。
「えぇーっ!? まだこんなに歩くのー!?」
カエデはマナの服の裾を掴み
「マナちゃん! ほんとに何とかならないのー!?」と縋るような態度で泣きついた。
「どうにもならないわよ」とマナが呆れる横で、クレアが冷静に声をかけた。
「どうしても歩けないというなら、おぶってやってもいいが……お前、まだ余力はあるだろう?」
「むー! イオリちゃんなら、すぐにおんぶしてもらえるのに~!」
カエデは拗ねて唇を尖らせた。
最初はブツブツと文句を言い続けていたカエデだったが、やがて本当に疲労が溜まってきたのか、次第に口数が減り、無言でトボトボと歩き続けるようになった。
荒野を抜けると、風景は一変し、鬱蒼と茂る『針葉樹の林』へと足を踏み入れた。
高くそびえ立つ木々が太陽の光を遮り、林の中は昼間でも薄暗く、空気がひんやりと冷たい。
(……なんか、嫌な雰囲気だな)
はじめは、かつてクロベキアの『ビジン林』での白天狗達のことを思い出し、トラウマを思い出してブルッと身震いした。
林の中を黙々と進んでいくうちに、木々の隙間から差し込む光が赤く染まり、段々と日が沈んでいった。
「……ここで野営にしよう。マナ、頼む」
周囲を見渡し、少し開けた場所に出たところでクレアが指示を出した。
「りょーかーい」
マナが一歩前に出て、いつものように杖を構え、『夢の空間』へ繋ぐ魔法を発動しようとした。
――バチィッ!!
「きゃっ!?」
突然、マナの杖の先端に青白い電撃のようなものが走り、弾き飛ばされるように魔法が妨害された。
「なっ……阻害魔法!? いったい誰が!?」
マナが驚いて周囲を見回す。
「敵か……!」
クレアが即座に剣を抜き放ち、鋭い視線で周囲の暗がりを警戒した。はじめとアズマも身構える。
だが、その異変の正体に一番早く気がついたのは、最後尾で疲れて俯いていたカエデだった。
「……え?」
カエデが顔を上げ、林の奥をじっと見つめる。
木々の影から、一匹の『大きな白い狐』が、音もなく姿を現し、こちらをじっと静かに眺めていたのだ。
その透き通るような白い毛並みと、神秘的で賢そうな黄金色の瞳。
カエデは、その姿を見て小声で呟いた。
「……だれ……?」
そう言った直後、カエデの表情が『はっ』と何かに気づいたようにこわばった。
カエデの反応に気がついたのか、白い狐はクルリと背を向け、影に溶け込むように林の奥へと走り出した。
「あっ……ちょっと待って!!」
カエデが手を伸ばして叫んだが、白い狐は立ち止まることなく、あっという間に暗闇の中へ去ってしまった。
「……なんだったの、今の」
マナが狐の消えた方向を見つめた後、気を取り直して再び杖を構えた。
「もう一度やってみるね」
今度は電撃が走ることもなく、阻害されることなくスムーズに『夢の空間』への扉が開かれた。
心地よい眠気に包まれ、空間が切り替わっていく中。
はじめは薄れゆく意識の端で、カエデの姿を捉えていた。
いつもは騒がしくて子供っぽい彼女が、いつになく真剣で、どこか切羽詰まったような表情で、白い狐が去っていった暗闇の奥をじっと見つめ続けていた。
その横顔に得体の知れない不安を感じながら、はじめの意識は深い眠りへと落ちていくのだった。




