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神様への無茶振りと、サンドバッグの顔

日もすっかり落ちて、辺りは深い夜の闇に包まれた。


キシアの広大な荒野では安全な野営地を確保するのが難しいため、一行は今夜もマナの『夢の空間』へと移動することになった。


ふかふかのベッドが並ぶ安全な空間に降り立つなり、カエデがマナにずいっと詰め寄った。


「ねぇ、マナちゃん! こんな便利な空間にポンッと移動できるようなすごい力持ってるんだったら、直接そのニール鉱山? とやらに移動してよ!」


カエデの無茶ぶりに、マナは呆れたようにため息をついた。


「あのねぇ……神様ってのは、そんな便利な移動グッズみたいなものじゃないの。

空間を繋ぐには色々と制約があって――」


「やりたいの! やりたくないの!」


カエデはマナの説明を全く聞かず、ズイズイと顔を近づけて理不尽に問い詰める。


「だからね、そういう問題じゃなくて……」


「あ、できないんだ! 神様っていっても、たいした事ないね!」


カエデはマナを指差し、鼻でフンと笑って見せた。


「カエデさん! さすがにマナさんに対してそれは失礼ですよ!!」


アズマが、顔を真っ赤にしてぷりぷりと怒り出した。


「あー、もう! 私の事で喧嘩するのはやめて!」


マナが慌てて二人の間に割って入った。


「まぁ、直接移動できないのは確かだから。ごめんね、カエデちゃん。私が悪かったから、コレでいいでしょ?」


マナは半ば投げやりに謝罪し、その場を強引に収めようとした。


(せっかく昼間はいい感じで仲直りできたと思ったのに……)


はじめはまたしてもギスギスし始めた二人の様子を見て、ガクリと肩を落とした。


「そういう事の積み重ねで、少しずつ大人になっていくものさ……」


クレアが腕を組み、どこか達観したような顔で呟く。


(……アズマは龍族だから俺よりもだいぶ年上みたいだが。カエデは一体いくつなんだろうな……)


はじめは、子供のように癇癪を起こすカエデを見ながら、ぼんやりとそんな事を考えていた。


その時、空間の空気がわずかに揺らぎ、突然『ホログラム通信』が繋がった。


映像の向こう側に現れたのは、キシアの町の屋敷にいるはずのアリスだった。


「おや? なんだかお取り込み中だったかい? クックック」


アリスは空間に漂う険悪な雰囲気を即座に察知し、面白そうに笑った。


「アリスちゃん! とりあえず、通信してくれて助かったわ~」


マナが心底ホッとしたように映像にすり寄る。


「むー! もう疲れたから寝る!」


カエデは不貞腐れたように背を向けると、奥の大きなベッドへとダイブしていった。


「どうされましたか? アリスさん」


アズマが丁寧にお辞儀をして尋ねると、アリスは少しだけ困ったような顔を作った。


「実はね、はじめ達と別れてから『いらじ』の元気がなくてねぇ……。どうにか元気をつけてやりたいんだけど」


「!」


アズマはその言葉を聞いて、ハッとしてはじめの方を見た。


(やはり、あの巨大なゴーレムさんは、にぃにの事を恋い慕って……!)


アズマは両手を頬に当て、ドキドキしながらはじめの顔を見つめた。


「いらじの元気がないなんて、別に構わないじゃないか」


はじめは、かつて散々殴られ、追いかけ回されたトラウマを思い出し、冷たく吐き捨てた。


「にぃに……! そんな事言わないで、助けてあげてください!」


アズマがはじめの腕を掴み、うるうるした上目遣いで懇願してくる。


(うっ……)


いらじの事は本当にどうでもよかったが、アズマの真っ直ぐなお願いオーラに、はじめはあっさりと根負けしてしまった。


「……わかったよ」


はじめは大きなため息をつき、アリスに向き直った。


「それで、俺は何をすればいいんだ?」


「そうだねぇ……。はじめの顔が描いてある『絵』をくれるかい?」


「俺の絵? 一体何に使うんだ?」


「それを今言ったら、あんた描いてくれないと思うからね。絵を描いてから教えてあげるよ、クックック」


アリスは口元を隠して怪しく笑う。


(嫌な予感しかしない……)


はじめは顔を引きつらせたが、隣でアズマが期待に満ちた目で見つめてきている手前、断るわけにもいかない。


「……わかったよ」と力なく答えつつ、(まあ、例の『不思議な絵筆』を使うための、絵の練習だと思えばいいか)と無理やり自分を納得させた。


「描いた絵は、マナの力でこっちに送ってくれるかい?」とアリス。


「わかったわー」とマナが頷く。


「とりあえず、自分が今どんな顔をしてるのか見てみないと……マナ、鏡はあるか?」


はじめの言葉に、マナは空間収納から手鏡と、鉛筆、画用紙を取り出した。


「私が持っていますから、にぃには絵を描くのに集中してください!」


アズマがすかさず手鏡を受け取り、はじめの顔の前に両手でしっかりと掲げてくれた。


(こういう気が利くところも、イオリに似てるな……)とはじめは少し微笑ましく思う。


『グゴー……、グゴー……』


静かな空間に、奥のベッドからカエデの盛大ないびきが響き渡り始めた。


(相変わらず寝るの早いなぁ……。集中して描きたいのに……)


はじめはカエデのいびきをBGMにしながら、鏡の中の自分と睨めっこし、画用紙に鉛筆を走らせていった。


数十分後。


「ふぅ、できた。……とりあえず、それなりの絵が完成したな」


はじめは描き上がった自画像を皆に見せた。


「にぃに……」


アズマは絵を見て、なぜか顔を真っ赤にしてモジモジしている。


「……ほぼ本人通りかな。だが、少し鼻の形が崩れている気がするが……」


クレアが腕を組み、極めて冷静かつ辛口な評価を下す。


「まぁ、相手はゴーレムだし、細かいところは気にならないでしょ!」


マナがそう言うと、杖を振って転送魔法を発動させた。


はじめの描いた絵が光の粒子に包まれ、ホログラムの向こう側へと送られる。


「おぉ……ちゃんと届いたよ」


アリスが転送されてきた画用紙を受け取り、満足げに頷いた。


「それで、その絵をどうするつもりなの?」


マナが尋ねると、アリスはニヤリと笑った。


「コレはいらじがトレーニングに使っている『サンドバッグ』に貼り付けようかと思ってね。クックック」


「なっ……! そんな事のために描いたんじゃないぞ!」


はじめが血相を変えて叫ぶ。


「だから、言ったら描いてくれないって先に言っただろ?」


アリスはケラケラと笑いながら、ホログラムの奥に控えていたいらじに絵を見せた。


すると、しょんぼりとしていたいらじが、はじめの顔の絵を見た瞬間


「ブゥン! ブゥン!!」


と、凄まじい勢いで腕を振り回し、歓喜の音を響かせ始めた。


「どうやら、いらじも元気が出たみたいだねぇ……。あんた達も気をつけて旅を続けるんだよ。また何かあったら連絡するからね、クックック」


アリスはそう言って、一方的に通信を切ってしまった。


「まぁ……ゴーレムさんに喜んでもらえて、良かったのでは……?」


アズマがオロオロしながらはじめを慰めようとするが、はじめの耳には入っていない。


「……もう寝る」


はじめは完全に意気消沈し、肩を落とした。


(俺の描いた顔が、あの丸太のような腕でボコボコに殴られるのか……)


はじめは、いらじのサンドバッグにされる自分の顔を想像し、背筋を凍らせた。


(俺、そんなに強く憎まれるような事したか……?)


理不尽な現実に打ちひしがれ、とぼとぼと力なくベッドへと向かっていくはじめの背中を。


マナ、アズマ、そしてクレアの三人が、なんとも言えない哀れむような表情で静かに見送るのだった

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