青龍の息吹と、雪解けの絆
荒野に響き渡るカエデの奇声と、ドタバタとした追いかけっこの足音。
その騒ぎを聞きつけたのか、ズズズ……と不気味な地鳴りとともに、周囲の地面がボコボコと隆起し始めた。
「ほらー! だから言わんこっちゃない!」
マナが頭を抱えて叫ぶ。
隆起した土の中から無数に湧き上がってきたのは、岩と泥で構成された不気味なゴーレムの群れだった。
「チッ……!」
いち早く臨戦態勢に入っていたクレアが地を蹴り、先頭のゴーレムを鋭い剣閃で真っ二つに切り捨てる。
しかし、倒れたゴーレムの背後から、さらに二体、三体と新たな個体が這い出してくる。
「数が多すぎる……! みんな、加勢してくれ!」
クレアが剣を構え直しながら、後方に援護を頼んだ。
その尋常ではない数とただならぬ気配に、逃げ回っていたアズマの表情が急にスッと真顔になった。
しかし、野生化して完全に理性を飛ばしていたカエデは、アズマの足が止まった今の状況を「これはチャンス!」とばかりに見逃さなかった。
「ガウッ!」
カエデは勢いよくアズマに飛びかかり、その柔らかい頬にガブリと噛み付いた。
「痛っ……!」
アズマの頬にくっきりと歯型がつく。
(ヨシヨシ、捕まえたぞー!)と内心で得意げになっていたカエデだったが、ふと周囲を見渡すと、無数のゴーレムに包囲され、クレアが死闘を繰り広げているという極めて深刻な雰囲気に気がついた。
「……アレ? 私、一体なにしてるの?」
カエデはハッと我に返り、アズマの頬から口を離してきょとんとした。
「カエデさん。危険ですので、後ろに下がってください」
アズマは頬に歯型をつけたまま、極めて冷静な声で告げた。
そして、小さく息を吸い込むと、腹の底から響くような大声で叫んだ。
「にぃにー! マナさーん! クレアさーん! 私の後ろに下がってくださいー!!」
そのただならぬ気迫に、クレアは(何か一網打尽にする秘策があるのか!)と直感した。
「わかった! はじめ! マナ! お前達も早く後ろへ!」
クレアは即座に剣を引き、後退を開始する。
しかし、マナは先程までカエデと一緒にずっと走りっぱなしだったため、「ゼェ、ゼェ……」と息を切らしており、足取りが絶望的に遅かった。
見かねたはじめが「ほら、捕まれ!」とマナを小脇に抱え上げ、全力でアズマの後ろへと駆け込んだ。
依然として、ゴーレム達はズズズと地面から無尽蔵に湧き出し、一行へと迫り来る。
アズマは目を閉じ、古い龍の呪文を静かに唱え始めた。
直後、アズマの華奢な身体が激しい青白い光に包まれ、そのシルエットが急激に巨大化していく。
光が弾けた後、そこに現れたのは――神々しい鱗を持つ、巨大な『青龍』の姿だった。
しかし、その巨大で恐ろしい威容とは裏腹に、顔の造形、特にその『目』だけは、イオリ(白龍)の時と同じように、なぜかクリクリとした愛らしい「つぶらな瞳」をしていた。
『にぃにを傷つけるゴーレムは、許しません!』
青龍が大きく口を開けた。
その口腔に凄まじい冷気が収束し、次の瞬間、迫り来るゴーレム達に向かって巨大な吹雪のブレスが放射された。
「ギャーーッ! 寒い寒い寒い!!」
後方にいたはずのカエデが、余波の冷気だけでガタガタと震えて悲鳴を上げる。
青龍のブレスを浴びた大地は一瞬にして凍てつき、這い出ようとしていたゴーレム達もろとも、絶対零度の氷の彫像へと変えられた。
地面そのものが分厚い氷でコーティングされ、新たなゴーレムが湧き出すことすら不可能になる。
ゴーレム達が完全に沈黙した事を確認すると、青龍は小さく息を吸い、凍りついた彫像の群れに向かって『フッ』と強い息を吐き出した。
ゴォォォォォッ!!
たちまち、とてつもない突風が荒野を吹き荒れる。
凍りついて脆くなっていたゴーレム達は、その強風の衝撃に耐えきれず、パリンッ!と乾いた音を立てて全て木っ端微塵に砕け散った。
氷の残骸だけがキラキラと舞い散る中、敵の全滅を確認した青龍の身体が再び光に包まれ、元のフリル姿のアズマへと戻っていった。
「す、すごいよー、あおちゃん!!」
真っ先に駆け寄ったのは、先程まで頬を噛んでいたカエデだった。
目をキラキラさせてアズマの手を握る。
「……アズマ、です」
アズマは少し顔を赤らめながら、恥ずかしそうに小声で呟いた。
「えっ……?」
カエデは一瞬きょとんとした後、パッと顔を輝かせた。
「おぉ……! やっと、名前を教えてくれたね~。そうかそうか、アズマちゃんか~」
カエデは満面の笑みを浮かべると、「いい子、いい子」と優しくアズマの頭を撫でてあげた。
アズマも今度はそっぽを向くことなく、少し照れくさそうにその手を受け入れている。
(……あんなに喧嘩ばかりしていたのに。わだかまりってのは、案外こうしてあっさりと溶けていくものなんだなぁ……)
はじめは、砕け散った氷の欠片が陽光に反射して溶けていく様子と、二人の和解の光景を重ね合わせながら、ぼんやりと温かな気持ちでそう思うのであった。




