朝の陽光と、回らない舌〜前編〜
まぶたを透かして、柔らかな朝の光が差し込んでいた。
昨夜、公園のブランコでクレアの話を聞きながら眠りに落ちてしまったはじめだったが、どうやら彼女が家まで運んでくれたらしい。
住み慣れた自分の部屋の、少し硬いベッドの感触が心地よかった。
「……ん」
ゆっくりと目を開ける。意識が覚醒し、視界が鮮明になると同時にはじめは驚きに息を呑んだ。
至近距離に、誰かの顔があったからだ。
「わっ……」
そこにいたのは、リフリッジだった。
彼女はじっと、はじめの寝顔をまじまじと覗き込んでいたようで、目が合った瞬間、彼女の肩が大きく跳ねた。
「お、おはよう、リフリッジ。……どうしたんだ? そんな近くで」
はじめが少し眠気混じりの声で挨拶をすると、リフリッジの顔は一瞬で耳の根元まで真っ赤に染まった。
昨日の夕食時の嫉妬や、今朝の気恥ずかしさが一気に押し寄せたのだろう。
彼女は何か弁明しようと口をパクパクさせたが、結局言葉にならず、そのまま脱兎のごとくその場から逃げ出そうとした。
「あっ、ちょっ……」
慌てて駆け出したリフリッジだったが、あまりに動揺していたせいか足元がおぼつかない。
彼女の右足が、はじめのベッドの脚に派手につまづいた。
「わわわっ!?」
派手な音を立てて、リフリッジは床に倒れ込んだ。
「大丈夫か!」
はじめは飛び起き、ベッドから身を乗り出す。
リフリッジは床に顔を伏せたまま、打った場所が痛むのか、それとも恥ずかしさが限界を超えたのか、肩を震わせて「う、うぅ……」と小さな声を漏らし始めた。
はじめは慌てて左手を伸ばし、傍らにあったタンスの引き出しから清潔なハンカチを取り出した。
「ほら、これ使いな。痛かったか? 怪我はないか?」
はじめが差し出したハンカチを、リフリッジは震える手で受け取った。
だが、彼女ははじめと目を合わせることができない。
居心地が悪いのか、それとも自分の失態が情けないのか、彼女は顔を真っ赤にしたまま、うわ言のように小さな声を繰り返した。
「お兄ちゃん、ごめんなさい……ごめんなさい……うぅ……」
「謝ることなんてないだろ。俺の方が遅くまで寝てて悪かったよ」
はじめは彼女を安心させようと、床に座り込むリフリッジの頭に、ぽん、と優しく手を置いた。
彼女の髪は柔らかく、昨日の熱が嘘のように引いているのが手のひらから伝わってきた。
だが、その優しさがリフリッジにとっては逆効果だったらしい。
「ひゃっ……!」
頭を撫でられた瞬間、リフリッジの顔から火が出そうなほど温度が上がった。
彼女の頭の中で、昨日クレアと親密そうにしていたはじめの姿や、今朝の自分の醜態が混ざり合い、もはや収拾がつかなくなっていた。
「あ、あ、ああ、あ、あのっ、お兄ちゃん……!?」
「……キシシッ、朝から賑やかだねぇ」
その様子を、部屋の入り口から不敵な笑顔で見守っている影があった。
マナだ。
彼女は自分の杖に寄りかかりながら、楽しそうにリフリッジの混乱ぶりを観察している。
その瞳には、まるで「もっとやれ」と言わんばかりの茶目っ気が宿っていた。
リフリッジはマナの視線に気づき、さらにパニックに陥った。
マナに神様と言われたこと、はじめとの気まずさ、撫でられた感触——。
「マ、マナちゃん……? どしたし……あ、あ、あれ……?」
あまりの混乱に、ついにリフリッジの呂律が完全に回らなくなった。
自分の言葉すら制御できなくなった彼女は、顔を真っ赤にしたまま白目を剥き、その場でコテン、と力なく横倒しになった。
「ええっ!? リフリッジ! おい、しっかりしろ!」
はじめが抱き起こしたが、どうやら極度の恥ずかしさと混乱で、知恵熱のように気絶してしまったらしい。
「やれやれ……。仕方ない、ベッドまで連れて行こう」
はじめはリフリッジを横抱きに抱きかかえると、彼女の寝室へと向かった。
「キシシッ、はじめちゃん、罪作りだねぇ~。
神様の私が保証してあげるよ、今のは百パーセントはじめちゃんのせいだね!」
マナは楽しそうに、からかうような足取りではじめの後をついてくる。
クスクスという高い笑い声が、廊下に響く。
(……あいつ、絶対面白がってるだろ)
妹を心配する一方で、はじめは背後にいる「自称神様」の無邪気な残酷さに、少しだけ苛立ちを覚えた。
(いつか……絶対に一度はゲンコツしてやる)
はじめは心の中でそう強く呟きながら、ぐったりとした妹を抱え直した。




