信仰の鞍替えと、涙の理由
マナが杖を高く掲げると、夢の空間が神聖で幻想的な光に包み込まれた。
光の粒子が舞い、厳かな空気が満ちる。
普段の子供っぽくてアホな言動からは想像もつかない、真に『神』としての威厳に満ちた姿だった。
(……昔はコレを見て、純粋に信仰心を深めた人達がいたのだろうな)
はじめは、いつになく真面目な感想を抱きながら、その神秘的な光景を見つめていた。
ホログラム越しに見ているリフリッジは、いつものマナのイメージとのあまりのギャップにただただ圧倒され、口を半開きにして呆然としている。
一方、イオリは静かに目を閉じ、淡々とその儀式を受け入れていた。
(これほどまでの力を持つ本物の神様が……なんで普段は、あんなアホみたいな言動を……?)
アズマは本当の神の御業を目の当たりにし、尊敬と混乱が入り混じった戸惑いを内心に抱いていた。
そんな中、クレアだけは腕を組み、(このマナの力が、ニール鉱山で待ち受けるであろう敵にどこまで通用するだろうか……)と、極めて現実的で戦術的な思考を巡らせていた。
やがて光が収まり、無事に儀式が終わった。
「ふぅー! さすが龍族ね。だいぶ力が流れ込んできた感じがするわ」
杖を下ろしたマナは、あっさりといつもの軽い調子に戻って伸びをした。
「よし。とりあえず今の力なら、『アレ』を試せそうね」
「アレってなんだ?」
はじめが尋ねると、マナはアズマの方を見てウインクした。
「アズマちゃん、本当の名前をカエデちゃんに教えたがらないでしょ? だから、カエデちゃんに名前を教えても悪用されないように、安心してもらうための儀式みたいなやつよ」
それを聞いたアズマは、「あっ……」と肩を落とし、しゅんとしてしまった。
カエデを毛嫌いしている自分の狭量さを見透かされているようで、少し申し訳なくなったのだ。
ホログラム越しのイオリが、そんなアズマに優しく声をかけた。
『大丈夫ですよ。カエデさんは、そんな悪い事をする人じゃないですから』
「でも、白龍さま……」
『イオリでいいですよ、アズマ』
「い、いや! そんな不敬な事は……!」
アズマは慌てて後ずさりした。どうやら龍族の中でも、色(属性)によって明確な序列のようなものが存在し、青龍であるアズマが白龍を呼び捨てにするなど言語道断らしい。
『私達は今、キシアのオド様の制約から外れて、マナ様の信者になったのですから。古い序列はもう気にしなくても大丈夫ですよ』
イオリが微笑みかける。
「ごめんねー、なんか信仰の鞍替えみたいなことさせちゃって」
マナが頭を掻きながら謝るが、イオリは首を振った。
『いえ……お兄様のためですから』
そして、画面の向こうから熱烈な眼差しではじめを見つめた。
はじめは少し気恥ずかしくなって視線を逸らす。
「一応、キシアのオドとの繋がりは完全に切ったわけじゃなくて、残してあるから。いつでも元の関係に戻す事もできるから、そこは安心してね」
マナが補足すると、イオリは目を丸くした。
『……そこまで考えてくださってたのですね。ありがとうございます』
「さて、じゃあ次の儀式をはじめるよー!」
マナが軽いノリで宣言し、再び杖を構えた。
杖の先端から、温かい光の玉がいくつも飛び出し、はじめやクレア、アズマの胸へと吸い込まれていく。
光はベッドで大いびきをかいて寝ているカエデの身体にも、問題なくスッと入っていった。
「これでよし、と」
マナは満足げに頷いた。
「とりあえず、アズマちゃんが自分の本当の名前を言っても、私達『光が入った者』との繋がりがない外部の人間には、何を言ってるのか認識できない(分からない)ようになったわ。
これで安心して」
「そうか。……なら、アリスも大丈夫なのか?」とはじめ。
「大丈夫よー。ホログラムでは見えてないけど、しっかり光入れといたから」
マナは胸を張って答えた後、アズマに向き直った。
そして、いつになく真剣な、神様らしい慈愛に満ちた表情で語りかけた。
「アズマちゃんも、もう少し素直になろうよ。……今までの人との関係で、慣れないところや怖いところもあるかもしれないけど。もう少し、私達の事を信じて欲しいな」
その言葉に、アズマはハッとした。
誰からも必要とされず、忌まわしい名前で呼ばれることを恐れて、ずっと一人で心を閉ざしてきた。
急に仲間ができても、どう接していいか分からず、カエデに対しても過剰に攻撃的になってしまっていたのだ。
アズマはなんと答えたらいいのか分からず、ただ下を向いて、モジモジとフリルの裾を握りしめることしかできなかった。
そんなアズマの傍らに、はじめが静かに歩み寄った。
そして、無言のまま、彼女の頭にポンと手を置き、優しく撫でてあげた。
「っ……」
温かいはじめの掌の感触。そして、自分を受け入れてくれる仲間たちの優しさ。
アズマは、どうしようもなく込み上げてくる自分の感情を処理する事ができず、はじめの服の袖をギュッと掴みながら、ただ静かにすすり泣き続けるのだった。




