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オデ様と、大人の駆け引き

荒野の道をひたすら徒歩で進む一行。


やがて日が落ち、周囲は深い夜の闇に包まれた。


「キシアは本当に、町の配置が極端だな……」


地図を広げたクレアが、ランタンの灯りを頼りに眉をひそめた。


「ニール鉱山への道のりには、大きな集落のようなものは見当たらない。


小国だったクロベキアと違って、ここは国土が広大すぎる。


……今日は野営になりそうだな」


クレアはそう言って、マナに視線を向けた。


「とりあえず、安全のために『夢の空間』への移動ができるか確認したい」


今回、はじめ達の懸念の一つに「アズマの体力」があった。


しかし、虚弱体質だった白龍のイオリとは違い、アズマは人間時の姿でもそれなりに体力があるらしく、遅れることなくしっかりと一行についてきていた。


「夢の空間……?」


アズマが初めて聞く言葉に、不思議そうな顔をして首を傾げる。


「あーっ! やったぁ、またあのふかふかのベッドで寝られる~!」


カエデが両手を上げて歓喜の声を上げた。


「そっちの空間に行っても、また喧嘩しないでよ!」


マナがカエデにビシッと指を差して念を押す。


「大丈夫だってー! ねぇ、あおちゃん!」


カエデが馴れ馴れしくアズマの肩を叩くが、アズマは昼間の暴言をまだ根に持っているのか、「ふんっ」と顔を背け、カエデと目を合わせようともしなかった。


「……空間の固定に、何か目印のようなものは必要か?」


クレアが呆れつつもマナに尋ねる。


「ううん、キシアでの生活にもだいぶ慣れてきたから、目印なしでも大丈夫! じゃあ、いっくよー!」


マナが杖を構え、くるくると振り回した。


その直後、はじめ達はふわりと心地よい眠気に襲われ、気付けばいつもの『夢の空間』――立派な家具が揃った安全な異空間へと移動していた。


「なっ……!?」


空間が切り替わった瞬間、アズマだけが目をパチクリとさせて驚き、周囲を見回していた。


一方、慣れた様子のカエデはさっそく一番大きなベッドへとダイブし、だらしない格好でシーツに包まり始めた。


「コラ! 空間に来ていきなり寝ようとしないの!」


カエデを叱りつけたのは、キシアでの子供の姿から『本来の姿』へと戻ったマナだった。


「むにゃ……。ごはん出来たら起こしてー……」


マナの注意も虚しく、カエデはあっという間に眠りに落ち、グーグーといびきをかき始めてしまった。


アズマは、突然現れた美しい大人の姿のマナを見て、目を丸くした。


「……えっと。どちら様ですか?」


「あー、あおちゃん。突然姿が変わって混乱させちゃってごめんね~。コレが私の『本来の姿』なの」


見た目は大人だが、マナはいつもと変わらない無邪気な子供の口調で答えた。


「本来の姿……?」


アズマは少し混乱したように眉を寄せた後、ハッとして、ベッドで爆睡しているカエデをキッとした目で睨みつけた。


(突然知らない人が現れるなんて……コレはきっと、あの『どうぶつの人』のまやかしの術に違いない!)


「いやいや、違う違う! カエデちゃんにそんなすごい力ないから!」


アズマの勘違いを察したマナが慌てて否定し、苦笑いした。


「それよりさ」


マナは声をひそめ、アズマに顔を近づけた。


「カエデちゃんがいるとややこしくなるからずっと聞けなかったんだけど。


はじめちゃんは、どんな名前をつけてくれたの?」


アズマはカエデがいびきをかいて完全に寝ているのをもう一度チラリと確認すると、頬を染め、恥ずかしそうに小さな声で答えた。


「……『アズマ』、です」


「アズマちゃんね! おっけー!」


マナはポンと手を叩いて微笑んだ。


「それにしても、龍族って不便ねー。本当の名前を知られてしまうと、支配されて何も出来なくなっちゃうなんて……」


「……龍族がこの地で生きる上で、『オド様』との繋がりや、キシアの人の風俗や考え方を考慮した結果、そういうシステム(因果)が出来上がったようなのです」


アズマが真面目な顔で説明する。


それを聞いていたはじめが、腕を組んで口を挟んだ。


「それにしても、その『オデ』って神様は、ずいぶんと融通がきかないよな」


はじめの脳内では、『オデ』という響きから、角刈りで頑固そうな融通のきかない中年男性の神様が勝手に想像されていた。


「だから『オド』だってば! はじめちゃん、何回間違えるのよ!」


マナがすかさずツッコミを入れる。


「いやすまん……。どうしてもその名前に馴染みがなくてな……」


はじめが頭を掻きながら謝る姿を見て、緊張していたアズマの口から「ふふっ」とクスリと笑う声が漏れた。


(……こうして笑っていると、可愛らしい女の子にしか見えないんだよなぁ。中身は男だけど)


はじめは、無邪気に笑うアズマの姿を眺めながら内心でそう思った。


はじめにじっと見つめられている事に気がついたアズマは、「あっ……」と顔を真っ赤にして俯いてしまった。


その二人の様子を見ていたマナが、「おやおや?」といったニヤニヤ顔で、はじめの方をからかうように見た。


はじめは(マナのやつ、一時の疲労から少しは元気を取り戻したのかな)と思い、動じることなく、大人の余裕のある微笑みでマナに視線を返した。


その無言の視線の交差を横で見ていたアズマは、目を輝かせて息を呑んだ。


(すごい……! 言葉を交わさずとも通じ合う。コレが『大人の駆け引き』というものなんですね……!)


はじめ達のただの日常的なやり取りを、何か高度な恋愛の駆け引きか何かだと斜め上に勘違いしたアズマが、一人で尊敬のまなざしを向けていた

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