新しいあだ名と、生き生きとした喧嘩
アズマを伴って、はじめとクレアはホテルの一室へと戻ってきた。
ドアを開けると、部屋のベッドでゴロゴロしていたマナとカエデが二人を出迎えた。
「おかえりー。……って、その子も付いてくる事になったの?」
マナが、はじめの背後にぴったりとくっついて離れないフリル姿のアズマを見て、目をパチクリとさせた。
「ああ。はじめが自分から一緒に来ないかと誘ったんだ。……まぁ、色々と責任はあいつに取らせてくれ」
クレアが肩をすくめながら答える。
それを聞いたカエデが、ベッドから勢いよく飛び起きた。
「な、なにー!? まぁ……あの子の事は個人的にあまり好きではないけど
そこの『ケダモノ』に蹂躙されるのは可哀想だしね! 大船に乗ったつもりで、私に任せなさい!」
カエデははじめをビシッと指差して『ケダモノ』呼ばわりした後、自らの小さな胸をドンと力強く叩いて主張した。
「はじめさんの事を悪く言わないでください!!」
すかさずアズマが一歩前に出て、カエデに向かってぷりぷりと怒りながら反論した。
「おっ、やる気ー?」
「望むところです!」
早くも火花を散らし始める二人を見て、マナが慌てて間に入った。
「そ、そういえばさ! 最初の名前も分からなかったけども、結局、新しい名前は決まったの?」
マナが話題を変えようと、アズマの新しい名前について尋ねた。
「あぁ。新しい名前は――むぐっ!?」
はじめが口を開きかけた瞬間、アズマが慌てて飛びつき、両手ではじめの口をピタリと塞いだ。
「ダメです、はじめさん! ……あの『どうぶつの人』には、絶対に知られたくありません!」
アズマはカエデを横目で睨みつけながら、必死に訴えた。
真の名前(はじめから授かった大切な名前)を知られれば、何をされるか分かったものではないという警戒心からだ。
「えー、名前くらいいいじゃん! ケチー!」
カエデが不満げに頬を膨らませる。
「龍族は、そう簡単に名前を明かしてはいけないんです!!」
アズマが鼻息を荒くして言い返す。
「えー? でも、イオリちゃんは自分から普通に教えてくれたのにー」
「そういうところですよ、どうぶつの人!! だからあなたは信用できないんです!!」
カエデの無神経な発言に、アズマはさらに怒りを強めて抗議した。
「まぁ……まぁ……。こんな事で喧嘩しないで……ね?」
マナが苦笑いを浮かべながら、必死に二人をなだめようとする。
カエデはまだ納得がいかない様子だったが、ふと何かを思いついたようにポンと手を打った。
「あ、それなら私があだ名をつけてあげる! それならいいでしょ!」
「……あだ名、ですか」
アズマは明らかに納得していない、警戒に満ちた表情だったが、「まぁ……真名じゃないなら……」と、しぶしぶ了承した。
カエデはアズマの周囲をぐるぐると回り、フリルの下から覗く立派な龍のしっぽをじっと観察した。
「んー……よし。しっぽが青い色してるから……『あおちゃん』!」
そう言い放った直後。
カエデは自分で言ったあだ名がなぜか猛烈に笑いのツボに入ってしまったらしく、「ブッ……! ひゃひゃひゃっ!」と突然吹き出し、お腹を抱えて笑い転げ始めた。
「なっ……! 人のあだ名をつけておいて、何がおかしいんですか!!」
カエデの態度を見て、アズマの怒りが一気に再燃した。
「本当に嫌な人! あなたの事は、これからも一生『どうぶつの人』としか呼んであげませんからね!!」
「あははっ! 別にいいよーだ! 好きに呼べばー?」
カエデは涙を拭いながら、アズマをおちょくるように舌を出してあっかんべーをした。
「きぃぃっ! 許せません!!」
「こ、こらこら、二人とも落ち着いてー!」
またしても取っ組み合いになりそうな二人を、マナが半泣きになりながら必死に引き剥がしにかかる。
その騒がしい光景を部屋の隅で遠巻きに見ていたクレアは、「……これから毎日、これが続くのか」と頭を抱え、深いため息をついた。
一方、騒ぎの中心にいるはずのはじめは、口喧嘩をしながら走り回るアズマの姿を見て、静かに微笑んでいた。
(アズマの奴……儀式の前より、ずっと生き生きしてるな。よかったよかった)
周囲の苦労やカオスな状況などお構いなしに、一人だけ全くズレた平和な感想を心の中で抱いているはじめであった




