新たな名と、はじめの魂
深い眠りから、はじめがようやく目を覚ましたのは、すっかり夜も更けた頃だった。
「……ん」
はじめがゆっくりと身を起こすと、傍らでうとうとしていたポチがハッと顔を上げた。
「はじめさん……! 気がつかれましたか!」
「身体の具合はどうだ?」
少し離れたところで壁に寄りかかっていたクレアが、静かに歩み寄ってくる。
「ああ。大丈夫だ、スッキリしてる」
はじめは自分の両手をグーパーと開閉して見せた。
精神世界でのあの骨が軋むような激痛は嘘のように消え去り、むしろ以前よりも身体が軽く、力が満ちているような感覚すらあった。
その言葉を聞いて、ポチは心底ホッとしたように胸を撫で下ろした。
彼女の目の下には薄く隈ができており、はじめが眠っている間、ずっと寝ずに献身的に看病してくれていた事が容易に想像できた。
「ありがとうな。……ところで、これからお前の事は、なんて呼べばいいんだ?」
はじめがふと疑問に思って尋ねた。
「私もそれは気になっていた」とクレアが頷く。
「儀式が終わるまでは、とりあえずポチと呼んでいたが……そのままというわけにもいかないだろう」
すると、ポチは少し照れたように微笑んだ。
「あの忌まわしい名前との『因果の繋がり』はすでに完全に断ち切られています。
ですので、今の私にとって『ポチ』という呼び名は、ただのあだ名みたいな感じですね」
「新しい名前は、もう自分で決めているのか?」
クレアが聞くと、ポチは静かに首を横に振った。
「いいえ。私自身に、自分の名前を決める権利はないのです」
ポチは真っ直ぐにはじめを見つめ、姿勢を正した。
「……はじめさん。あなたが、私の名前を決めてください」
「俺が……?」
はじめは思わずたじろいだ。
(名前か……。これからのこいつの人生を左右するんだ、そんな簡単に決めていいものじゃなさそうだし、どうしたものか……)
はじめが腕を組んで黙り込んでいると、ポチは一歩前へ出た。
「私のために、命を懸けてあんな過酷な試練を乗り越えてくれたはじめさんが決めた名前なら……私は、どんな名前であっても喜んで受け入れられます」
その瞳には、はじめに対する絶対的な信頼と、揺るぎない覚悟が宿っていた。
はじめは、ポチのその真剣な眼差しを受け止め、静かに目を閉じた。
そして、ふと頭の中に自然と浮かび上がってきた響きを、そのまま口にした。
「……『アズマ』」
それは、飾らない、しかしどこか凛とした強さを感じる響きだった。
「アズマ……」
ポチがその名を口の中で反芻した、その瞬間だった。
ぽんっ、と。
はじめの胸のあたりから、淡く光る『人魂』のようなものがふわりと抜け出した。
「なっ……!?」
はじめとクレアが驚いて目を見張る。
その人魂には、以前見たひろふみの時のように、なぜか**『はじめの顔』**がぼんやりと浮かび上がっていた。
はじめの顔をした光の塊は、空中をゆっくりと漂い……そのまま、ポチ――いや、アズマの胸ぐちへと吸い込まれるように、ゆっくりと入っていった。
「あっ……」
アズマの身体が、一瞬だけ淡い光に包まれる。
魂が結びつき、新たな名前が因果として彼女の存在に深く刻み込まれた証だった。
光が収まると、アズマは自身の胸に両手を当て、その温もりを確かめるように深く息を吸い込んだ。
そして、涙ぐんだ笑顔ではじめに向き直る。
「……ありがとうございます。私、これからは『アズマ』として生きていきます」
そう言って、アズマははじめに向かって、深く、深く頭を下げるのだった。




