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左手に宿る炎と女神の正体

息苦しいほどの緊張感が支配した夕食後。


はじめとクレアは、逃げるように家を抜け出していた。


向かった先は、夜の帳が下りてすっかり人影の途絶えた、村はずれの小さな公園だった。


ギー、と風に揺れるブランコの微かな音だけが響く中、クレアがぽつりと口を開いた。


「……すまなかったな」


はじめは驚いて振り返った。


「えっ、クレアさんが謝ることはないですよ! あれはマナが適当なことを言って、リフリッジが勝手に勘違いしただけで……」


はじめは、クレアが食卓の空気を壊してしまったと責任を感じているのだと思い至った。


本来なら兄である自分が間に入って場を収めるべきだったのに、リフリッジの静かな凄みに気圧されて、ただオロオロとするばかりだった。


(俺は何をやってるんだ……。アンナが消えた時も、リフリッジが怒った時も、何もできないじゃないか)


自分の情けなさに、はじめは胸の奥でチクリと自己嫌悪に陥り、うつむいた。


そんなはじめの沈んだ様子を察したのか、クレアは小さく息を吐き、話題を切り替えた。


「……気にするんじゃないよ。それより、話の続きをしようじゃないか」


クレアは真剣な表情に戻ると、はじめのポケットに収まっている『鍵』へ視線を向けた。


「その鍵の使い方を教えておく。いいかい、その鍵はただの古代の遺物や金属の塊じゃない。それ自体が意思を持ち、持ち主を選び、そして主を守る能力が備わっているんだ」


「鍵自体が、意思を……?」


「ああ。もし、あんたがその鍵に選ばれた存在なら……鍵に秘められた強大な力が使えるはずだ」


はじめはこくりと頷き、ポケットから重厚な鍵を取り出した。


クレアの指示に従い、利き手である左手でしっかりと鍵の柄を握りしめ、先端を誰もいない夜空へと向ける。


「心を落ち着けて、鍵の奥にある熱に自分の意識を繋げるんだ。


あんたの中に眠る魔力を、鍵の道管へ流し込むイメージで」


クレアの言葉を反芻しながら、はじめは静かに目を閉じた。


左手の中に握られた鍵が、ドクン、と脈打つような感覚を伝えてくる。


はじめは自分の中に流れる見えない熱をかき集め、左手を通じて鍵の先端へと押し出した。


次の瞬間だった。


ボウッ!!


公園の闇をカッ!と切り裂く眩い光と共に、はじめの左手に握られた鍵の先端から、バスケットボールほどもある巨大な火球が勢いよく飛び出した。


火球は轟音を立てて夜空へと一直線に吸い込まれ、やがて遥か上空でパチンと弾けて赤い火の粉を散らした。


「うおっ!?」


予想を遥かに超える威力と反動に、はじめは危うく尻餅をつきそうになる。


その威力を静かに見届けていたクレアは、ふっと口元を緩め、満足げな笑みを浮かべた。


「……合格だ。どうやら鍵は、完全にあんたを主として認めたようだね」


はじめは、まだ熱を帯びている鍵を信じられない思いで見つめた。


自分の中に、こんな途方もない力が眠っていたのか。


そしてこの鍵があれば、ERageとも戦えるかもしれない。


はじめが左手の余韻に驚いていると、クレアの表情が再びスッと冷ややかなものに戻った。


彼女は夜の闇をじっと見つめながら、重々しい口を開いた。


「さて、もう一つ……夕食の時から、どうしても気になっていることがあるんだ」


「気になっていること?」


「さっきの食卓にいた、自称神様を名乗るあの騒がしい少女……マナのことだ」


クレアの声は、先ほどの鍵の話の時よりもさらに低く、警戒の色を帯びていた。


「あの年端もいかない子供から、私はとてつもなく底知れない、それこそフロウディアの鍵すら凌駕するような異質な力を感じた。


北ウォー沼という魔境で、傷一つ負わずにあんたたちについて来られたのも不思議じゃない」


「でも、あいつはちょっと魔力が強いだけの、わがままな子供じゃ……」


「おそらく、あれはただのイカれた子供なんかじゃない」


クレアはゆっくりと振り返り、眼鏡の奥の鋭い瞳ではじめを射抜いた。


「……おとぎ話や神話の中でしか語られない、『女神マナ』そのものかもしれない」


「……は?」


はじめの頭から、先ほどの火球の興奮が一瞬にして吹き飛んだ。


女神? あの、わがままで食い意地が張っていて、自分を神様だと言い張って泥道を嫌がっていた子供が、本物の女神だというのか?


予想を遥かに超えたクレアの言葉に、はじめはただ口をポカンと開け、凍りついたように立ち尽くすしかなかった。

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