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アリスの父と、五分五分の命

「……念のために聞いておくが。やっぱり、お前も『男』なのか?」


少しの迷いの後、はじめは意を決してポチに尋ねた。


イオリの件があったため、フリルを着た龍の扱いにはどうしても慎重にならざるを得ない。


「はい。そうです」


ポチは隠すこともなく、すんなりと素直に答えた。


はじめは(変に誤魔化されなくてよかった)と、内心でホッと胸を撫で下ろした。


「私は、本来であればクロベキアの守護龍になるはずでした」


ポチは姿勢を正し、静かに語り始めた。


「キシアでは、あまり強い龍を生み出さないようにして、『オド様』への信仰のバランスを保つようにするのが習わしなのです。


そのため、強い龍が生まれそうになる兆しが現れると、それをあえて封じ込める儀式が行われます。


逆に、クロベキアのようなオド様への信仰心が薄い地域だと、より強い龍を生み出すための儀式が行われるのですが……」


「オド様……?」とはじめが首を傾げる。


「これについて詳しく話すと長くなってしまうので、別の機会でもいいですか?」


ポチが申し訳なさそうに首をすくめる。


「わかった。今は儀式の話が優先だ。それで構わない」


クレアが冷静に話を本題へと引き戻した。


「ありがとうございます。では今回、はじめさんにやってもらいたい儀式や、覚えておいて欲しい事について詳しく説明しますね」


ポチの表情が、一段と真剣なものに変わった。


「龍族は、『名前』に対して非常に強い繋がりと縛りがある種族です。


悪意のある人間に『真の名前』を知られると、魂を握られたも同然となり、ほぼ無防備な状態になってしまいます。


……名前が何もついていない状態の龍であれば、人間なら誰でも簡単につけられるのですが、一度ついてしまった名前を別のものに変えるのは、極めて困難なのです」


そこまで語ったところで、ポチは再びあの『ひろふみ』という少年の事を思い出したのか、急に息が荒くなった。


「っ……す、少し……ちょっと、すいません……!」


ポチは両手で顔を覆い、忌まわしい記憶から来る涙を必死に堪えているようだった。


数分後。なんとか呼吸を整えたポチは、震える声で儀式の詳細を語った。


「名前を変える儀式は、まず龍が『聖域』を作ります。


そして、その龍と『因果で強く結ばれた人間』が、聖域の中で名前を変更する手続きを行うのです。


……ですが、儀式に失敗すると、その人間は命を落とします。成功確率は、およそ五分五分といったところです」


「五分五分……!」


はじめは息を呑んだ。完全に命がけのギャンブルではないか。


「過去に私の儀式に参加して、命を落としてしまった優しい方がいました。


……お名前を『イヴァン』といい、この町の前の町長で、アリスさんのお父様なのです」


「!!」


その衝撃的な事実に、クレアが目を見開いた。


「そうか……。先ほどアリスがお前のことを知っているような口ぶりだったのは、そのためか」


はじめは絶句した。


いつも飄々として意地悪く笑っているアリスだが、父親を亡くした過去を抱えていたのだ。


態度に出さずとも、計り知れない苦労と孤独を重ねてきたのであろうアリスの姿に、はじめは深く思いを馳せた。


……しかし、同時にあの屋敷の庭で、アリスの使い魔である巨大茄子いらじの強烈なストレートパンチが頬にめり込んだ強烈な痛みを思い出した。


(いや、アリスの過去はともかく……いらじはどうでもいい。あいつだけは絶対に許さん)


はじめは感動的な雰囲気に水を差すように、内心で固く茄子への復讐を誓った。


「はじめさん……」


ふと視線を戻すと、ポチが両手を胸の前で組み、まるで神に祈るような、縋るような視線ではじめを見つめていた。


その瞳には、自分の人生を台無しにされた悲痛な思いと、はじめへの微かな希望が揺れている。


(ここでこいつを見捨てるのは……いくらなんでも後味が悪すぎるな)


はじめは小さく息を吐いた。


親父を救うための旅だが、目の前で絶望している者を無視して進めるほど、はじめの心は割り切れていなかった。


少しの沈黙と葛藤の後。


「……わかった。その儀式、俺が引き受けよう」


「っ……!!」


はじめの決断を聞いた瞬間、ポチの顔に弾むような、花が咲いたような笑顔が広がった。


「ありがとうございます……! ありがとうございます、はじめさん……!!」


何度も何度もお礼を言いながら、ポチの目からついに堪えきれなくなった大粒の涙がポロポロと溢れ出し、そのまま机に突っ伏して声を出して泣き出してしまった。


「よしよし。もう大丈夫だ。はじめは約束を守る男だからな」


クレアが優しく微笑みながら、感極まって泣きじゃくるポチの背中を、落ち着かせるようにゆっくりと撫で続けた

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