忌まわしき名と、命がけの改名儀式
透明な防諜結界のカーテンで覆われた喫茶店のボックス席。
静寂の中、クレアが鋭い視線で問いかけた。
「名前を変えることと、お前の言う『因果』がどう関係するんだ?」
(まさに俺が聞きたかったことだ……!)
はじめは内心でクレアに深く感謝しながら、龍の少女の口元に注目した。
少女は膝の上のフリルをギュッと握りしめ、語り始めた。
「私は、生まれたのはクロベキアでした。
本来であれば、一族の長である『ゴズ』と呼ばれる偉大な龍に、誇り高き名前を授けてもらう予定だったのです。
……それなのに、そこの地域に住んでいた人間の子供に、勝手に恥ずかしい名前をつけられてしまったのです!」
先ほどまでの恥じらいとは違い、少女の顔は明らかな『怒り』によって真っ赤に染まっていた。
「どんな名前なんだ……? 言いたくないだろうが、話してくれないか」
クレアが慎重に促す。
少女の瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
「……ぅ……」
彼女は俯き、消え入るような小声で何かを呟いたが、あまりにも声が小さすぎて聞き取れない。
はじめもクレアも反応に困って顔を見合わせていると、少女は顔を上げ、少し大きな声で叫んだ。
「……『ポチ』です!!」
そして、そのまま「わあぁぁぁん!!」と子供のように大声を上げて泣き出してしまった。
誇り高き龍族につけられた名前が、犬の代名詞とも言える『ポチ』
よほどその名前に強いコンプレックスを抱き、苦しんできたのだろう。
はじめは慌てて彼女の背中をさすり、泣き止むまで必死に落ち着かせてやった。
しばらくして、泣き腫らした目でヒックヒックとしゃっくりをしながら、ポチは少しずつ事情を語り始めた。
「りゅ、龍族は……基本、人間の意思に逆らえません。
その代わりの誓約として、強い魔力と力を得るのです……ひっく」
「そうか……。ちなみに、どんな子供にその名前をつけられたんだ?」
クレアが尋ねる。
「『ひろふみ』といいます!!」
ポチはバンッとテーブルを叩き、興奮気味に語気を強めた。
「私の人生をめちゃくちゃにした、酷い奴です! この恥ずかしい名前をつけられてから今日まで、1日だってあいつの事を忘れた事はありません!」
(ひろふみ……やけにリアルな名前だな……)とはじめは思いつつ、本題へと話を戻した。
「それで、お前はその名前を変えたくて、俺たちにお願いしに来たのか?」
「はい!」
ポチは涙を拭い、目をキラキラと輝かせてはじめを見つめた。
「はじめさんと目があった時、私の中に強い『因果』で繋がっている感覚が芽生えたのです!
はじめさんなら、私をこの忌まわしい名前から救ってくれる『救世主』に違いありません!」
「でも、お前はキシアのこの町の守護龍をしているのだろう?」
クレアが疑問を口にする。
「今まで出会ってきた大勢の人間の中で、名前を変えてくれる人は一人も出なかったのか?」
その質問に、ポチの顔が再びサァッと青ざめた。
「……とても、危険な儀式を行わないといけないので、難しかったのです」
「危険な儀式?」
「はい。過去にも、私の名前を変えようと儀式に参加してくれた優しい方はいたのですが……儀式の最中に、帰らぬ人に……」
ポチは再びポロポロと涙を流し始めた。
「なるほど……」
クレアは腕を組み、真剣な顔で頷いた。
「お前を『ポチ』と呼ぶのには私も少し抵抗があるが……私の力なら、その儀式とやらも力技で突破できるだろう、任せておけ」
元ERage幹部としての頼もしい申し出。
しかし、ポチはブンブンと首を横に振った。
「ダメなのです! クレアさんとは因果で繋がっていないので、儀式の条件を満たさず、お願いする事は出来ません。
……はじめさんに、儀式に参加して欲しいのです!」
「えっ……俺!?」
はじめは間抜けな声を上げた。
(おいおい嘘だろ……過去の参加者が死んでるような『帰らぬ人になる儀式』に、俺が参加するのか……!?)
はじめの背筋に、尋常ではない恐怖の悪寒が走る。
「はじめさん……! どうか、どうかお願いします……!」
ポチがテーブルから身を乗り出し、すがるような、そしてどこか圧を感じさせるほどの必死な眼差しで、はじめをじっと見つめた




