アリスの決断と、夕焼けの防壁
アリスの故郷へと続く、荒涼としたキシアの大地。
一定のペースで歩みを進める道中、周囲を警戒していたクレアがふと視線を戻し、隣を歩くはじめに声をかけた。
「はじめ。昨日の夢の空間で、お前から吹き出した『煙』の事だが……詳しく話してくれないか」
その問いに、はじめは少し表情を強張らせながらも、静かに頷いた。
「あいつは、俺の親父を誘拐し、監禁している張本人の姿だ。」
「そうか……」
クレアは顎に手を当て、記憶の糸をたぐるように目を細めた。
「あの煙の人物、少ししか見ていなかったが、どこかで見た気がする。
私がERageの幹部だった頃に出会っていたのかもしれない」
「本当か!?」
「ああ。私はリフリッジに埋め込まれた鍵を奪取するために行動していたから、拠点での行動の制限は多かったが……おそらく間違いない」
少しだけ表情が暗くなるはじめを見て、クレアは力強い声で続けた。
「だが安心しろ。仮に奴が幹部だとしても、『2番』ではない事は確かだ。
アイツは女だからな。
私の力でも、おそらく退けられるだろう」
その頼もしい言葉に、はじめは肩の力がスッと抜けるのを感じた。
「……ありがとう。頼りにしてばかりで悪いと思いつつも、クレアがそう言ってくれると本当に少し安心するよ」
「気にするな。私たちは仲間だ」
クレアが微かに微笑んだその時。
「悪いけど、私はそのめんどくさい内輪事情に付き合う気はないよ」
いらじのコックピットの中から、アリスの冷めた声が降ってきた。
「故郷に着いたら、あんた達とはお別れだ」
突然の離脱宣言に、はじめは驚いて振り返った。
「ええーっ! アリスちゃん、薄情だなぁ……!」
カエデがこれ見よがしに両頬を膨らませて、不満を爆発させる。
「あんなに一緒に、同じご飯を食べた間柄でしょー!」
「悪いね。私は何事もシビアに決断する性格なんだ。クックック」
アリスはカエデの抗議を軽く受け流し、喉の奥で笑った。
「故郷に着いたら、これからお前はどうするんだ?」とはじめが尋ねる。
「何をするも何も、この体を蝕む『呪い』が解けない限り、私のできる事は限られてるよ」
アリスは自嘲気味に息を吐いた。
「あんた達がERageを倒して私の呪いを解くか、そこの神様が奇跡の力で解いてくれない限り、ろくに外を動く事は出来ないだろうね」
はじめがすがるような思いでマナの方を向くと、マナは申し訳なさそうに、ふるふると首を横に振った。
どうやら、今のマナの力をもってしても、ERageの強力な呪いを直接解除する事はできないようだ。
「えー、それならアリスちゃん、これからはだいぶ暇になっちゃうねー」
カエデが全く悪気のない、純度100%の素直な感想を口にする。
(カエデ……お前はまた、そういう言いにくい事を平気でズバッと言う……)とはじめは内心で頭を抱えた。
だが、アリスはその言葉に気を悪くするどころか、ニヤリと口角を上げた。
「あんた達について行く事は出来ないけどね。……そこの神様の『信者』になれば、離れていても色々と繋がれるんだろ?」
「……!」
マナが目を丸くしてアリスを見上げた。
「まったく、どこまで知ってるのよ……。本当に食えない人ね」
「クックック。別れの時には、その『儀式』とやらを受けさせてもらうよ。
私の信仰心でも、このキシアではないよりマシだろ?」
アリスはそう言って、再びコックピットの奥で怪しく笑った。
そんな話をしているうちに、西の空が燃えるような夕焼けに染まり始めた。
風が冷たさを帯びてきた頃、視界の先――地平線の向こうに、巨大な『壁』のような建造物のシルエットが浮かび上がってきた。
「もしかして……あれがそうか?」
はじめが目を細めて指差す。
「そうさね」
アリスが短く答えた。
「やったー! 街だー! 美味しいもの食べられるかな~!」
カエデが長旅の疲れを忘れたようにピョンピョンと跳ねて喜ぶ。
「順調だな。予定通りに着いた」
クレアが夕日に照らされる防壁を見つめ、静かに呟いた。
(アリスの故郷、か……)
キシアという過酷な大地にある街。
そして、あの食えない調査員が生まれ育った場所。
一体どんな所なのだろうか。
期待と少しの緊張を胸に抱きながら、はじめは夕焼けに染まる巨大な壁をじっと見つめていた。




