夢の世界の女神と、取り憑く影
心地よい呪文の響きと共に意識が沈み、次に目を開けた時、はじめ達は白く輝く雲の上に浮かぶ神殿のような『夢の世界』に立っていた。
「さあ、ゆっくり休んでちょうだい!」
声のする方を見上げると、そこにはいつもの子供の姿ではなく、豊満なプロポーションと神秘的なオーラを纏った『真の女神の姿』のマナが立っていた。
空間には全員分のふかふかのベッドが用意されており、マナは腕を組んで非常に得意げな顔をしている。
「わぁー、すっごくふかふか!」
カエデがさっそくベッドにダイブし、その柔らかさを確認して目を輝かせた。
「マナちゃんは、いつもこんないいベッドで寝てるんだねぇ」
「まぁ……神様だからね!」
マナがフッと鼻で笑い、さらに得意げなドヤ顔を見せつける。
その傍らで、クレアは神の奇跡を前にしても相変わらず冷静な表情を崩さず、静かにベッドの感触を確かめていた。
「……いちいち得意げになってて、なんかウゼェな」
はじめが、呆れたような辛辣な言葉を投げかける。
マナははじめの方を一瞬チラリと見て、ふっと余裕の笑みを浮かべた。
「まぁまぁ。下々の者の嫉妬を一身に受けるのも、寛大な神様の役目だからね」
「あ?」
はじめの眉間にシワが寄り、さらにイラッとした表情を返す。
「ここから先のキシアの旅で、何が起こるか分からないんだから。はじめちゃんも、もう少し心に余裕を持った方がいいよ」
マナが少し上から目線で忠告する。
「うるさいな! 言われなくてもわかってるよ!」
最近のストレスも相まって、はじめは感情的に声を荒げた。
「ふーん……」
マナはニヤニヤと笑いながらはじめに顔を近づけ、小声で囁いた。
「まさか、男として自信がないから、そんなに苛立ってるの?」
そしてマナは、あろうことか挑発的な笑みを浮かべながら、手で**『卑猥なハンドサイン』**を作ってはじめの目の前で見せつけてきたのだ。
「お前なぁ……!! いい加減にしろよ!!」
完全に堪忍袋の緒が切れたはじめが、マナの胸ぐらを掴もうと勢いよく手を伸ばした――その瞬間。
ピタッ。
はじめの身体が、まるで石像になったかのように突然ピクリとも動かなくなった。
「え……?」
声を出そうと開いたはじめの口から、突如としてドス黒い煙のようなものが勢いよく吹き出し始めた。
「……やっぱりね」
マナが、何かを確信したような真剣な表情で呟く。
吹き出した黒い煙は空中で蠢き、やがて人型を形成していく。
それは、以前はじめ達がERageの拠点で見せられたホログラムに映っていた、あの**『仮面の青年』**の姿に酷似していた。
煙の青年は、夢の空間の浄化の力に当てられたのか、苦しそうに激しく悶えている。
「消えなさい」
大人のマナが冷徹な声と共に手をかざすと、眩い光が放たれ、煙の人物は悲鳴を上げる間もなく霧散して完全に消滅した。
ドサッ。
金縛りが解け、はじめがその場に膝をつく。
「ハァッ……ハァッ……。今のは……なんだったんだ?」
はじめが荒い息を吐きながらマナに問う。
不思議なことに、つい先程まで煮えくり返っていた怒りはすっかり消え失せ、心の中がスッと落ち着いていた。
「はじめちゃん、あいつの怨念みたいなものに『取り憑かれて』たのよ」
マナはいつもの口調に戻り、ペロッと舌を出した。
「だから、わざと感情を激しく揺さぶって、精神の奥底からあの幽霊みたいなのを取り出したの。煽り散らかしてごめんね?」
「……」
理屈は分かった。しかし、いくら除霊のためとはいえ、あそこまで腹立たしいやり方をされたはじめとしては、素直に「許そう」という気持ちには到底なれなかった。
「あの微かな魔力の気配に、全く気が付かなかった……」
クレアが目を見開き、驚愕の表情を浮かべていた。そして、消えた煙の痕跡を見つめながら静かに呟く。
「そうか……。あいつがはじめの父親を……」
一方、アリスは懐から手帳を取り出し、目を爛々と輝かせながら一心不乱にペンを走らせていた。
「マナ。ここから現実に出たら、この手帳に書いた記録はどうなるんだい?」
「ちゃんと物質として維持されるから、消えたりしないわよ。大丈夫」
「そうかい、それは素晴らしい……!」
アリスはホッと安心して、再び恐ろしいスピードで書きなぐる作業に戻った。
ふと見ると、カエデは騒ぎなど全く気にすることなく、すでにベッドで丸くなってぐっすりと寝息を立てていた。
「で? どうだったの?」
マナが再びはじめの前にしゃがみ込み、ニヤニヤと笑いながら顔を覗き込んだ。
「はじめちゃん、そんなに男らしさにコンプレックスがあったの?」
「…………」
はじめは顔を赤くし、無言でスッと目をそらした。
図星だったのか、ただ触れたくないだけなのかは分からない。
「あはは、ごめんごめん!」
マナはケラケラと笑いながら立ち上がると、再びはじめの目の前で、先程の**『卑猥なハンドサイン』**をこれ見よがしに見せつけた。
「てめぇ……!! 絶対に、絶対に許さん!!」
「きゃははははっ! 怒ってる怒ってるー!」
大人の女神の姿のまま子供のようにからかって逃げ回るマナと、顔を真っ赤にして本気で追いかけ回すはじめ。
神聖なはずの夢の神殿で繰り広げられる、あまりにも低レベルな追いかけっこ。
「……やれやれ」
クレアは深くため息をつき、呆れ果てた顔でその騒がしい光景を眺めるのだった。




