キシアの過酷な大地と、安全な夢の空間
パチパチと爆ぜる焚き火の炎を囲みながら、キシアでの初めての野営の夜が更けていく。
周囲の暗闇に目を凝らしていたはじめは、ふと気になった事をアリスに尋ねた。
「なあ。キシアって、クロベキアと違って街のような場所から外れると、道路沿いにポツンと建ってる家とか集落が全くないんだな」
アリスはパキッと枯れ枝を火にくべながら、静かに語り始めた。
「キシアは魔物もそうだけど、危険な野生動物も多いからねぇ。
それに、クロベキアと違って気候が過酷だ。今は夏だからそれほどでもないが、冬になると極寒かつ豪雪地帯に変わる。
高い壁の中で、人がまとまって暮らさないと生きてはいけない土地なのさ」
「ひゃー、大変だねぇ……」
その話を聞いていたカエデが、大げさに身震いをした。
「そんなに寒くて危険だったら、ご飯を探すのもすっごく大変そうだね」
「キシアには、都合よく狩れる野生のたぬきはいないからねぇ」
アリスは意地悪く口角を上げ、クックックと笑った。
「お前さんみたいにいつもボーッとしてたら、あっという間に魔物の餌になっちまうよ」
「むーっ。意地悪だなぁ」
カエデが頬を膨らませてそっぽを向く。
そんな二人のやり取りをよそに、クレアが冷静な声で尋ねた。
「アリス、ここからお前の故郷まではどのくらいかかる?」
アリスは答えず、上空を警戒して飛んでいたタッキーに向かって短く口笛を吹いた。
バサッと腕に降り立ったタッキーに対し、アリスは何やら小声でブツブツと語りかける。
タッキーが再び上空へと飛び立ち、しばらくして戻ってくると、アリスはまた鷹と何やら「会話」をしている様子だった。
(鷹の言葉なんかわかるのか……?)
はじめが訝しげに見つめていると、タッキーとの会話を終えたアリスがクレアに振り向いた。
「明日の夕方か、夜の初め頃には着けると思うよ」
「そうか。それなら良かった」
クレアは特に「なぜ鷹と会話ができるのか」などと深入りすることもなく、あっさりと納得した。
(考えても分からないことに無駄な思考を割かない。いかにもERageの元幹部らしい合理的な判断だな)
とはじめは妙なところで感心した。
「あ、そうだ!」
カエデが自分の空間収納をごそごそと漁り、何やら包みを取り出してきた。
「天狗さんたちから、保存食をもらってきたんだ! はじめちゃんたちが『見た目』を気にするからって、黄天狗さんにお願いして普通のご飯にしてもらったの。これならみんなも食べられると思うよ!」
カエデが広げた包みの中には、蛍光ピンク色でも毒々しい紫色でもない、ごく普通の干し肉や硬焼きパンが入っていた。
(カエデの奴、ただ食い意地が張ってるだけじゃなくて、たまには気が利くところもあるんだな……)
はじめたちは少し見直しながら、そのまともな食料をありがたく胃に収めた。
食事が終わると、クレアが周囲の暗闇を警戒しながら提案した。
「見張りを立てるとはいえ、ここは十分に安全が確保できるとは言い難い。
マナ、お前の『夢の空間』とやらへ全員を移動させることはできないか?」
マナは「うーん」と少し考えた後、目を閉じた。自身の精神と、アリスによって取り込まれた『鍵』の力がしっかりと結びついていることを内側から確認する。
やがて、パチッと目を開けて自信満々に頷いた。
「うん、大丈夫! 今は鍵のエネルギーを使えるから、私以外の人を夢の中に引き入れても、魔力が枯渇して疲れたりはしないみたい」
「それなら安心だね。私は、いらじとタッキーを一応の目印と護衛として、この現実世界に残しておくよ」
アリスが指を鳴らすと、焚き火のそばに巨大な茄子と鷹が配置された。
「それじゃあ、みんなリラックスしてねー」
マナが空間収納から自身の杖を取り出し、軽く宙に掲げて何やら心地よい呪文を唱え始める。
その柔らかな声と魔力の波動に包まれると、はじめの意識は深い泥に沈むように、抗いがたい強烈な眠気の中へとゆっくり落ちていった。




