空中要塞フロウディアと亡国の皇子
廊下の薄暗い影の中、はじめは左手に握らされた重厚な『鍵』を見つめていた。
金属のはずなのに、まるで生き物のように微かな熱を帯びている。
「……なぁ、クレア。この鍵は一体どこで見つけたんだ? さっき、ずっと俺の家を監視してたって言ってたけど……」
はじめの問いに対し、クレアは重いため息をつき、静かに首を振った。
「見つけた場所なら、あんたが一番よく知っているはずだよ。……その鍵はね、リフリッジの『中』から出てきたんだ」
「――は?」
はじめは我が耳を疑った。
左手の鍵と、クレアの顔を交互に見比べる。
「中からって……どういうことだよ!? まさか、リフリッジがこれを飲み込んでたとか……」
「物理的に胃袋に入っていたわけじゃない。もっと深く、彼女の生命そのものと『融合』していたのさ」
クレアの冷静な声が、薄ら寒い事実を告げる。
「リフリッジを長年苦しめていた原因不明の高熱。あれはね、病原菌やウイルスの類じゃない。
彼女の小さな体と、この鍵が内包している莫大なエネルギーとの『不調和』が引き起こした拒絶反応だったんだよ。
私が少し細工をして鍵を摘出した途端、あの子の熱が嘘のように下がったのが何よりの証拠さ」
「そんな……。じゃあ、なんでこんな危険なものが、あいつの体と融合なんか……」
「そこまでは私にも分からない。あの子自身が生まれつき持っていたのか、それとも『誰か』が意図的に埋め込んだのか……」
クレアはそこで言葉を区切り、鋭い視線を向けた。
「だが、これでERageがなぜこの村の周辺に執着していたのか、そしてなぜ『アンナ』を執拗に狙うのかが繋がるだろう?」
はじめはハッとした。
「アンナも……俺を守るために、これと同じ鍵を使っていた」
「その通り。そして、ERageが血眼になって集めているその7本の鍵は、ある一つの『絶対的な力』を起動するためのパーツなのさ。
アンナという少女は、その力――『フロウディア』と深く関わっている存在なんだよ」
「フロウディア……?」
聞き慣れない単語に、はじめは眉をひそめた。
「浮遊する空中要塞の名前さ」
クレアは窓の外、完全に日が落ちて真っ暗になった夜空を見上げた。
「かつて、はるか遠くの海に浮かぶ小さな島国『クロベキア』が、周辺諸国を圧倒し、『帝国』を名乗ることができた最大の要因。
天を覆い、大地を焼き尽くす圧倒的な破壊の象徴。それが古代兵器フロウディアだよ」
「空中……要塞……」
「ああ。だが、その力はあまりにも強大すぎた。
当時のクロベキア皇帝は、周辺国との終わりのない争いと犠牲を深く嘆き、自らの手でフロウディアを封印することを選んだ。
要塞のエネルギー機関を完全に停止させ、再起動できないように、その膨大なエネルギーを『7本の鍵』に振り分けて世界中に散らしたのさ」
それは、平和を願った皇帝の気高い決断だったはずだった。
しかし、現実はあまりにも残酷だった。
「絶対的な抑止力であった空中要塞が封印された。
それを『最大の好機』と見た隣国『キシア』は、すぐさまクロベキアに牙を剥いたんだ」
クレアの声に、微かな怒りが混じる。
「結果は火を見るより明らかさ。
要塞を失ったクロベキア帝国は為す術もなく敗北した。
平和を愛した当時の皇帝一族は、見せしめとして全員処刑され、キシアの息がかかった傀儡の王が据えられた。
現在のクロベキアなんて、名ばかりの王政……実質的にはキシアの衛星国に過ぎない」
はじめは、ERageが放った言葉を思い出していた。
『我が名はERage。偉大なるクロベキア皇帝である』と
あの時は時代遅れの妄想だと一蹴したが、点と点が一本の線で繋がっていく。
「まさか……ERageは……」
「そうさ」
クレアは悲痛な面持ちで頷いた。
「ERageは、その凄惨な処刑からただ一人逃れることができた、本物の皇帝一族の生き残りなんだよ。
一族を惨殺され、国を奪われた怒りと絶望が、彼を狂気へと駆り立てた。
あいつの目的はただ一つ……7本の鍵を集めて空中要塞フロウディアを復活させ、隣国キシアを滅ぼしてクロベキア帝国を再興すること。
そのためなら、どんな非道な生体兵器だって作り出す」
重すぎる真実の連鎖に、はじめは言葉を失った。
妹を苦しめていた原因。
世界を巻き込む復讐劇。
そして、自分の目の前で消えてしまったアンナが抱えていた使命の大きさ。
ふと、冷たい夜風が廊下を吹き抜けた。
クレアは小さく身震いすると、ふっと息を吐いていつものけだるげな表情に戻った。
「……いけないね。思ったよりも話が長くなってきたわね」
外はすっかり夜の闇に包まれ、家の中からはいかにも美味しそうな夕食の匂いが漂ってきている。
義理の母親が腕を振るっているのだろう。
マナの無邪気な笑い声や、カエデの楽しそうな声も聞こえてくる。
「頭の整理も必要だろう。今は、ひとまずここまでにしておこうか」
クレアははじめに背を向け、居間の方へと歩き出した。
「夕食を食べて、その後でまた話しましょう。あんたの母親……『たまこ』のことも含めてね」
はじめは左手に握った鍵の重みをもう一度確かめると、クレアの背中を追って、温かな光の漏れる居間へと足を踏み出した。




