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第8話 聖女の失墜


 人々のざわめきは、もはや止まらなかった。


「魔女……だと……?」

「そんな馬鹿な……いや、でも、あの不自然な薬は……」


 疑念は連鎖する。一度“異端”という言葉が投げ込まれたなら、それは毒のように広場を侵食していく。


「説明できないって言ってたよな?」

「じゃあ、あの薬は……一体何なんだ?」


 視線が、ミサキへと突き刺さる。先ほどまでの敬意は霧散し、代わりにそこにあるのは警戒、恐怖、そして───明確な拒絶。


「……ちが……」


 ミサキは、震える声を漏らした後、力なく後ずさった。何を言えばいいのか、もう分からない。これまでは「正しいこと」を言えば、みんなが笑って付いてきてくれた。それだけで、世界は思い通りに回っていたはずなのに。


(どうして……あたしの言葉が、通じないの……?)


「……聖女様?」


 誰かが、恐る恐る呼びかけた。その響きには、もはや信仰のかけらもない。


「あんた……本当に、聖女なのか?」


 決定的な問い。それは、彼女が積み上げてきた虚像が崩壊した合図だった。


「違う!  あたしは───!」

「……“異端”だよ」


 静かな声が、ミサキの叫びを塗り潰した。アンナがゆっくりと歩み出る。その瞳は、観衆からは見えない深みで黄金色に冴え渡っていた。


「法に従わず、説明できない力を使って、この世界の秩序を壊した。……十分、異端の要件を満たしているんじゃないかな」


 淡々と、まるで事務的な確認のように。


「だから、あんたを“聖女”として認める根拠は、もうどこにもないんだよ」


 その言葉は、あまりにも軽やかで。だからこそ、逃げようのない現実としてミサキにのしかかった。観衆の中で、何かが決定的に切り替わる。


「あ……」

「じゃあ……今までのは全部……」

「詐欺じゃないか!  騙されてたのか……!?」


 怒りが、熱を帯びて広がり始める。


「ふざけるなよ!」


 一人の商人が声を荒らげた。


「俺たちは、あんたの言葉を信じて商品を仕入れたんだ!  ギルドの決まりを破ってまでな!」


 それを皮切りに、怒号が重なる。


「うちもだ!」

「薬の代金、返せよ!」


 当然だ。人々は「奇跡」という商品に対価を払った。それが「毒」や「まやかし」かもしれないと知れば、責任を求めるのは生存本能に近い。


「ち、違う……それは……!」

「違わないよ」


 アンナが冷徹に遮る。


「対価を受け取った以上、責任はあんたにある。……さらに言わせてもらえば、無許可営業で得た利益、納めていない税金、そして貴族への不正な資金流用。……これらは全部、この国の法に従って没収の対象になるよ」


 ミサキの顔から、一気に血の気が引いた。


「ぼ、没収……?  あたしの店も……お金も……?」

「そうだよ。違法に得たものは、持ち主(おうさま)に返すのが筋でしょ?」


 あっさりと、慈悲もなく。


「そんな……そんなの……!」


 膝が、崩れた。石畳に力なく手をつき、ミサキは呆然と視線を彷徨わせる。


「あたしは……ただ、みんなを助けようと……」

「その“ただ”が問題なんだよ」


 アンナはミサキを見下ろすように言った。


「あんたは自分の正しさだけを信じて、他人の積み上げてきた世界を土足で踏み荒らした。その結果が、今なんだよ」

「……でも、人は……救われたはずよ……」

「ええ、そうかもね。でも、それは“あんたがいなきゃ維持できない救い”でしょ?  そんなの、ただの依存だよ。あんたがいなくなれば壊れる救済なんて、この世界には必要ないんだ! 」


 結論。それだけ。ミサキは、もう何も言い返せなかった。かつて“聖女”と崇められた少女は、今や広場の中心で、誰にも手を差し伸べられない孤独な異端者として取り残されていた。アンナは、その無様な姿を静かに見届ける。感情も同情も、そこには微塵も存在しない。


(……これで、半分)


 ふわり、と風が吹き、アンナの髪先で赤いリボンが揺れた。その動きはどこまでも優雅で、そして、致命的なまでに冷酷だった。

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