表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/12

第7話 魔女の証明~言葉の檻~


 沈黙が、広場を覆っていた。誰もが息を潜めている。風の音すら、今は遠い。壇上の中央で、ミサキは立ち尽くしていた。先ほどまでの余裕はない。誇らしげな微笑みもない。あるのは───理解できない、という困惑。


(……なんで……。わたしは間違ってないのに。効率的で、合理的で、人を救ってる。それなのに、どうしてこんなに否定されるの?)


「……まだ、何か言いたいことはあるかな?」


 静かな声が、ミサキの思考を刺し貫く。アンナ───彼女のその瞳は揺るがない。まるで最初から、この結末を書き記していたかのように。


「……あるわよ」


 ミサキは顔を上げた。膝は震えている。だが、まだ折れてはいない。


「あなたの言ってること、全部“この世界の古いルール”でしょ?  でも、あたしはそれが『間違ってる』って話をしてるの!」


 一歩、ミサキが踏み出す。声に力が戻る。


「ギルドも、王も、法も───全部“非効率”なのよ!  もっと良いやり方があるのに、あんたたちはそれを拒んでるだけ!」


 誰かが、息を呑んだ。


「あたしのやってることは、“科学”よ!」


 その言葉は、広場にはっきりと響いた。───科学。この世界に、本来存在しない概念。


「再現可能で、論理的で、誰でも使える技術!  奇跡じゃない、特別な力でもないわ!  ただの“知識”なのよ!」


 それは彼女にとって、最後の砦だった。特権でも血筋でもない、誰にでも開かれた「正しさ」。


「だから、あたしは悪くないわ!」


 ミサキは言い切った。それは祈りにも似た叫びだった。その瞬間───。


「……“科学”。面白い響きだね」


 アンナが、ゆっくりとその言葉を繰り返した。味わうように。転がすように。その微笑みは柔らかく、けれど瞳の奥は氷のように冷たい。


「じゃあ、確認させて。その科学って知識は、この世界の学問のどこかに属しているのかな?」

「……違うわよ。だからこそ価値があるの!」

「なるほど。既存の枠組みにはない、未知の知識……ね。じゃあ、それは誰によって証明されて、誰に承認されたものなのかな?」

「証明?  承認?」


 ミサキが眉をひそめる。


「そんなの必要ないでしょ。現に結果が出てる、正しいんだから!」

「誰にとって?」


 即座の切り返しに、ミサキが詰まる。


「……人にとってよ!」

「どの“人”?  王家?  神殿?  ギルド?  それとも───あんた個人?」


 畳みかけるような問いに、ミサキの呼吸が乱れる。


「……あたしは……」

「わかった。もう十分だよ」


 アンナは、静かに頷いた。その声音はどこまでも冷静で、残酷なまでに理知的だった。


「いい、この世界で“正しさ”っていうのは、三つのどれかに属してなきゃいけないんだ。王様の言葉。神殿の教え。そして、ギルドが積み上げてきた技術。……それ以外はね」


 一拍。アンナはほんのわずかに、口角を上げる。


「未承認の知識。あるいは───“異端”って呼ぶのさ」


 空気が、凍りついた。


「……なに、それ……あたしにレッテルを貼りたいわけ? 」

「レッテル貼り?  ええ、そうね。否定はしないわ」


 アンナは突き放すように言った。


「でもね、そのレッテルは社会を守るための防衛機構なの。理解できないものを分類して、隔離する。そうしないと秩序が壊れちゃうから。……あんたの言う“科学”とやらは、この世界のどこにも居場所がない。だからこそ、危険なんだよ」

「……っ!」

「再現可能?  じゃあ、その再現性を保証するのは誰?  あんた?  それなら、あんたがいなきゃ成立しない。それは“体系”じゃなくて、ただの“依存”よ」


 ミサキの顔が、絶望に歪んでいく。


「それにね……“説明がつかない現象”を別の言葉で呼ぶ文化は、この世界にもちゃんとあるんだよ」


 アンナの瞳が、鮮やかな黄金色に輝いた。


「奇跡。あるいは───魔術。そして……」


 声が、静かに落ちる。


「“魔女”」


 その言葉が落ちた瞬間、広場の空気が決定的に変わった。ざらりとした、本能的な恐怖。


「……ま、魔女……?」

「でも、あの不自然に綺麗な薬は……」


 囁きが広がり、疑念は恐怖へと形を変える。


「違う!  あたしはそんなものじゃない!  ただの知識で───!」

「そう。じゃあ、“説明してくれるかな? ”」


 逃げ場のない問い。


「その薬の原理を。製造工程を。再現方法を。……この世界の言葉で、今、この場で」


 ───沈黙。


 ミサキの唇が動く。だが、言葉は出ない。知識はある。けれどそれは、この世界の理では説明できないもの。


「……説明、できないんだね」


 静かな断定。その一言で、すべてが崩れ去った。観衆の視線は完全に変わり、賞賛は不信へと、信頼は恐怖へと塗り潰された。


「結論を言うよ」


 アンナは、優雅に一礼した。


「未承認の知識を使い、法を無視して、税を逃れ、秩序を乱した者。……この世界では、それを“異端”って認定するの」


 終わりだった。静かに、確実に、逃げ場なく。ミサキの声は、もう誰の耳にも届かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ