第6話 勅許状~王の言葉は石より重く~
広場の空気は、もはや祝祭のそれではなかった。ざわめきはある。だがそれは熱狂ではなく、冷え切った疑念だ。視線は、壇上に立つ二人に───逃げ場のない「聖女」と、静かに佇む「町娘」に突き刺さっている。
「……っ」
ミサキは唇を強く噛みしめた。呼吸が浅く、思考がうまくまとまらない。
(おかしい……なんで……。あたしは間違ってない。効率的で、合理的で、みんなを救ってるのに。どうして、こんな風に追い詰められなきゃいけないの?)
「……まだ、続けるかな?」
静かな、鈴を転がすような声。アンナの声の響きには、結末を確信している者の余裕があった。
「……続けるに決まってるでしょ!」
ミサキは叫んだ。ここで退けば、これまで築き上げたすべてが崩れる。
「証拠もないくせに、好き勝手言って……!」
「証拠、だね」
アンナは、小さく頷いた。
「じゃあ、見せてあげるよ。……おじさん、こっちへ」
呼びかけに応じて、一人の男が前に出る。製薬ギルドのミラーだ。その手には、厳重に守られてきたことが一目でわかる古い巻物があった。
「な、何よそれ……」
ミサキが眉をひそめる中、アンナは答えず、ただミラーに頷く。巻物がゆっくりと開かれると、周囲の人々が息を呑んだ。そこに記されているのは、単なる文字ではない。王家の紋章、そして精緻な印章。
「……勅許状……?」
誰かが呟いた。
「そうだよ」
アンナが静かに肯定する。
「この国で、薬や特定の商売を『製薬ギルドにだけ許可する』っていう、王様の命令。……つまり、この分野におけるたった一つの正当性、なんだよ」
一語一語を、丁寧に広場へと刻みつける。
「……そんなの!」
ミサキが、かすれた声を絞り出した。
「そんなの、ただの古い紙じゃない! 時代遅れよ! 非効率だわ! そんなものに縛られてるから、この国は発展しないのよ!」
「じゃあ、聞かせて」
アンナが静かに遮った。声は張っていない。だが、それだけで場を完全に支配する。
「この国で『法』って、何だと思う?」
「……人を縛るためのルールよ! 間違ってるなら、変えればいいじゃない!」
「あたり。じゃあ、その変える権利は、誰にあるのかな?」
間髪入れずに問いかける。ミサキは言葉に詰まった。
誰が変える?
───民か?
───自分か?
それとも───………。
「……王様、だよね」
アンナが、答えを告げた。
「この国で、法を決めたり変えたりできるのは王様だけ。……つまり、この紙は単なる古い紙じゃない。王様の意思、そのものなんだよ」
空気が凍る。誰もがその重みを理解していた。
「それを無視するってことは、王様の意思を否定すること。……王様の統治そのものを、否定することになる。ねえ、それはこの国そのものを否定するのと、何が違うのかな?」
完全な論理の収束。逃げ道は、もうどこにもない。
「……っ、そんなの、極論よ! 私はただ、良いことをしてるだけ! みんなが助かってるんだから、それでいいじゃない!」
ミサキの声に観衆の一部が揺れる。その言葉は、確かに甘く、正しく聞こえるからだ。だが───。
「ええ、そうかもね」
アンナは、あっさりと頷いた。
「でもね、それは免罪符にはならないよ。『善意なら何をしてもいい』。もしその理屈を認めたら、この国の法は全部意味がなくなっちゃう。盗みだって、裏切りだって、『誰かのため』って言えば許されることになっちゃうもの」
アンナはゆっくりと首を振る。
「それは秩序じゃない。ただの混沌だよ。……そして、あんたが持ち込んでいるのは、まさにそれ。あんたは『正しさ』を語りながら、この世界の理も法も、全部踏み越えた。その結果が、今なんだよ」
沈黙。広場にはもう、誰も声を上げる者はいなかった。どちらが「善いか」ではない。どちらが「この世界を想い、振る舞っているか」の答えが出てしまったからだ。
「……まだ、続ける?」
アンナの瞳が、黄金色に鋭く細められた。その声はどこまでも優しく、そして、完全な終わりを告げていた。ミサキは───何も、言い返せなかった。




