第5話 公開討論~綻びの始まり~
王都中央広場は、祭りのような熱気に包まれていた。白い天幕。磨かれた壇上。整然と並ぶ椅子。貴族、商人、職人、そして好奇心に満ちた民衆───あらゆる階層の視線が、一点に集まっている。理由はただ一つ。
「本日、聖女ミサキ様による新技術の披露、および公開討論を執り行う!」
司会役の声が高らかに響くと、ざわめきが膨らんだ。その中心で、柔らかな桃色の髪が揺れる。
「皆さま、本日はお集まりいただきありがとうございます」
ミサキは微笑む。守ってあげたくなるような、無垢を装った笑み。だが、その瞳の奥には確かな計算があった。
「今日は“より効率的な製糖技術”についてお話しします。これにより、これまで高価だった砂糖が、もっと多くの人に届くようになるんです」
歓声が上がる。
「すばらしい!」
「さすが聖女様だ!」
賞賛は雪崩のように押し寄せ、ミサキはほんのわずかに顎を上げた。その時───。
「……ちょっと、異議があるんだ」
静かな声が、熱狂を切り裂いた。ざわめきが、一瞬で凍りつく。視線の先、壇上の端に、簡素な衣服の少女───アンナが立っていた。
「誰だ、あの娘は?」
「ギルドの使いか?」
囁きが広がる中、ミサキは一瞬だけ眉を寄せ、すぐに聖女の笑みに戻した。
「ご質問ですか? どうぞ」
(……邪魔ね。でも、ここで潰せばいいわ)
「質問じゃない。……“異議”だよ」
アンナ───その内側に宿るリリーは一歩、前へ出た。その瞳は、観衆からは見えない角度で黄金色に輝いている。
「聖女様のやってることは、この国の法に照らして、重大な問題があるんじゃないかな」
場がどよめいた。怒号すら混じる中、アンナは淡々とミサキを見つめる。
「……面白いことを言うのね。何が問題だっていうの?」
「簡単なことだよ。……あんたは“無許可で製薬や製糖を行い、勝手に販売している”。これは、この国では立派な違法行為だよ」
ざわり、と空気が揺れた。
「違法? 何を根拠に言ってるの?」
「王様の『勅許状』さ」
即答だった。
「この国で、薬や特定の加工業は王様が管理してる。そして、その権利はギルドだけに独占的に与えられてるんだ。……つまり、ギルドにも入らず、王様の許しも得ないで商売をするのは、ただの違法業者じゃないかな?」
沈黙。次の瞬間、ミサキは鼻で笑った。
「そんな古いルール、まだ信じてるの? ギルド? 独占? そんなの、ただの既得権益でしょ? 効率の悪い連中が、自分たちを守るために作った仕組みじゃない」
その言葉に、一部の商人たちが頷く。
「私はね、“もっと良いものを、もっと安く届けたい”だけ。それで助かる人がいるなら、それが正しいに決まってるわ」
拍手が起きる。民衆の支持という、目に見える「力」。だが、アンナは静かに微笑んだ。
「……なるほどね。じゃあ確認させて? あんたは、“民の利益のためなら法を無視していい”って考えてるんだ?」
「ええ。法は人のためにあるんでしょ? 人を苦しめるなら、それは間違ってるわ」
再びの拍手。正論のように聞こえる甘い言葉。だが、アンナの瞳は冷たく冴え渡った。
「わかった。じゃあ、その理屈をそのままあんたに返してあげるよ。……“王様の言葉”もまた、法なんだ」
空気が、一変した。
「この国で、王様の言葉は絶対だ。それを『古い』と切り捨てて無視するのは、王様そのものを否定するのと同じだよ。……あんたは今、民のためと言いながら、王様の権威を踏みにじると宣言した。……ねえ、それでもまだ、自分のことを“聖女”って呼ぶつもり?」
ミサキの表情が、初めて激しく揺らいだ。
「……っ、それは……!」
「まだあるよ」
アンナは畳みかける。
「あんたの商売、正式な税を納めてないよね? 営業税も、市場税も、通行税も。代わりにやってるのは、“寄付”と称した貴族への裏金作り。……これが何を意味するか、分からないほど馬鹿じゃないでしょ?」
沈黙。ミサキの唇が震える。
「……贈賄だ」
誰かが呟いたその一言が、疑念の炎に油を注いだ。
「違う! それは協力してもらうために───!」
「対価を払って、本来払うべき税を逃れた。……十分すぎる罪だよ」
観客の視線が、賞賛から不信へと変わっていく。
「……まだ、続けるかな? それとも……」
アンナは優雅に、そして残酷に首を傾げた。
「ここで、全部認めちゃう?」
逃げ場のない静寂が、壇上を支配した。




