5. Darn That Dream
大波乱のマイルCS後、面目躍如の活躍を魅せたダイタクリーヴァに対し私の予後はというと酷いものだった。それも絶望的に。
年明け初戦、リーヴァが鮮やかな復活劇を魅せた京都金杯(G3)で14着。骨折開けでさえ一桁順位で食い下がっていた私がキャリアで初めて二桁順位を記録したレースとなった。この結果を重く受け止めたトレーナは芝での鳴かず飛ばずの打開策としてダートへの挑戦を決断、次走に根岸ステークス(G3)を選択することになる。しかし、芝からの転向組がすぐさま活躍できるほどダートも甘い世界ではなくこれも12着と惨敗。それからは現状を打破しようといろんなレースに出ては負け、出ては負けを繰り返し、散々な結果を引っ提げて周囲から「消えた天才」と呼ばれるようになった頃にはもう手遅れと言っていいほどに私たちは狂っていた。
1/5 京都金杯(G3) 14着
1/29 根岸S(G3) 12着
2/25 中山記念(G2) 5着
4/1 ダービー卿CT(G3) 2着
5/13 京王杯SC(G2) 6着
6/3 安田記念(G1) 10着
最後の勝利、ニュージーランドトロフィー(G2)から気づけば一年以上が過ぎ去っていた。
「今週は全国的に晴れの予報ですが所により突発的な雨が降ることが予想されます。急な雷雨にご注意ください。」
安田記念も幕を閉じた6月初旬、トレセン学園のトラックには陽炎が揺れていた。むせ返るような湿気に辟易としながら、私は何をするでもなくただトラックのハズレの木陰の下で炎天下に走るライバルたちを眺めていた。
(こんなバカ暑い中、よく練習できるな。)
卑怯にも独り避暑地で涼みながらそんな事を考えてしまう。思えばこの一年、私は何を得たのだろう。走れば走るほど蜃気楼のように遠ざかっていく勝利。そしてその勝利への乾きに耐え続ける地獄のような日々。正直、練習のモチベーションはおろか走る意味すら最近は分からなくなっていた。もはや自分自身に期待をしていないのだろう。こうして練習を休むことに何の罪悪感も感じていなかった。
(「この先」…ねぇ。)
夏の重賞は今のところ未登録。体力強化という名目でレースには出ないとトレーナーには伝えているが本当はただ勝つビジョンが見えないだけ。結果が出ていない以上、がむしゃらにレースにでても勝てるわけが無い。この夏はその原因と対策を真剣に行わなければ…恐らくこれがトレセン学園で過ごす最後の夏になるだろう。
何かするべきなのだろう、しかし何をするべきなのだろう。努力、時間、才能、その全てを注ぎ込んできての結果がコレなのだからもはや「何をしたって」だろう。そんな状態で一体どこからモチベーションが湧くというのか。
木陰の下、暗い自分。それとは対照に生き生きと走る彼女たちを見ているうちに、ふと私の中で何かがギチギチと音を立てて壊れていくような気がした。
(いけない、これ以上考えるな。)
考えたら最期、歯止めが効かなくなりそうだった。
目の前の光景に耐えきれず俯いた先、私の視界に履いている靴が目に入る。視界に映るその靴は酷く汚れていてボロボロ、おまけに靴紐は解けて伸びきっていた。
(ああ、だめだ。)
靴紐を結ぼうと屈んだ、その瞬間だった。この一年のことが走馬灯のように脳裏を駆け巡り私の視界を滲ませた。我慢も虚しく溢れ出した一滴がまた一滴と地面に零れていった時、私はもう元には戻れなかった。それに対し、私はどうするべくもなくただ頭から深くタオルを被って周りの目を誤魔化すことしかできない。
(こんな…こんなはずじゃなかった。こんな、こんな、こんな…。)
木陰の下の土砂降り。それとは対照的に、空は憎らしいほどの快晴だった。
「こんな天気のいい日にどうして俯いてるんだ?太陽は下には落ちてないぞ。」
どれくらいの時間経ったのだろう。乾いた心を涙が潤してから少しづつ落ち着きを取り戻せていたところに背後から突然声かけられて思わす身体がビクっとなってしまった。驚きのあまり頭にかけていたタオルがスっと胸元に落ちる。そうして慌ててその声に後ろを振り返るとそこには黄色い瞳を宿した小柄なウマ娘が一人立っていた。
「あははは…驚かせてすまない。酷く俯いてたもんだから心配になってつい声を掛けちゃったんだが、こりゃお取り込み中だったかな。」
一瞬、子供にでも話しかけられたと勘違いしてしまいそうになるほど背丈の低いそのウマ娘。しかし制服を着ているからこの学園の生徒であるのは間違いなかった。
「いきなり知らん奴から声かけられたら驚くのも無理ないよな。挨拶が遅れた、高等部のステイゴールドだ。体調が優れないようなら保健室まで付き添うがどうする?」
きょとんとする私に挨拶をする彼女。ステイゴールド…と言ったか、確か前に学内掲示板でドバイの重賞を勝ったとか張り出されていた記憶がある。海外の、しかも中東の重賞なんてそうそう話題にあがらないためその珍しさから変に覚えていたのだろう。そんな彼女が今、私に向ける眼差しは心配でも憐憫でもなく「分かっているよ」とでもいいだけなものだった。
「いえ、酷い花粉症で目を擦っていただけですので…。お気遣いありがとうございます。」
「そうか?保健室のヤブ医者が信用できないなら私で良ければ相談にのるけど。」
真っ赤に腫れた目に真っ赤な嘘など通用するはずもなかった。
「嘘は良くなかったですね…お見苦しい所をお見せしました。ちょうどここ最近不調続きで心が疲れていたのでしょう、少々取り乱してしまったようです。」
「まあ誰にでも辛い時期はあるさ。私だって2年以上レースに勝ててない時期があったし。でもいつかはそういうのにも終わりがくるよ、それは私が保証する。」
「…2年もですか。よく耐えられましたね。」
「確かに辛くはあったけど、かと言って楽しくなかった訳じゃないからね。旅が好きで、学園を抜け出しちゃあちこち旅して回ってるんだ。レースに出るのも色んな所を旅できるって言うのが一番の理由かな。そのせいで出席が足りなくてこうして時々学園に呼び出される始末なんだけどね…とほほ。」
「旅って…ドバイまで行ったのもそれが目的ですか?」
「おや、私のこと知ってくれてたんだ。ありがたい限りだね。ご存知の通りこの前ドバイのレースで勝たせてもらったんだけどやっぱり海外旅行はいつもと一味違う面白さがあったよ。最後にもう1回ぐらいどこか行ければいいな。」
思い出に浸るステイゴールド。しかし、レースで勝つことが全てだと思っている私は、レースを旅行気分で捉えている彼女のことが理解できなかった。勝たなければ生き残れない世界でどうしてそんなに悠長なことを考えていられるのだろう。その理由を聞かずにはいられなかった。
「…………どうして。どうしてそんなに?」
私からの質問に彼女はきょとんとした表情を見せる。
「理由?そう、理由ねぇ。そりゃあまあ日本で活躍できたんならそれに越したことはないんだけど、私はそういう類いではなかった。オープンに上がってから重賞を勝つまで3年。G1には未だに手が届いていない。あ、来週の宝塚記念で獲るんだけどね。まあそんな冗談は置いといて、2着や3着を何回獲ったかは覚えていない。傍から見たらG1を盛り立てるための役者で『阿寒湖さん』なんて呼ばれてるとかいないとか。でも私は思うんだ。魚が大海原を泳ぐように、鳥が自由に空を飛ぶように、どんな生き物にも必ず生きる場所があると。だから私は旅をする、自分が生きる場所を見つけるために。今のところドバイが相性いいから将来は石油王と結婚して豪邸にでも暮らそうかな。宝塚勝って瀬戸内海を眺めながら余生を過ごすのも悪くないけど。」
存外な返しに私の方が呆気にとられてしまう。彼女は勝つことよりも旅そのものに価値を見出しているようだった。
「なかなか興味深いことを言いうのですね。あなたみたいなウマ娘には人生で初めて出会いました。私にもあるといいですが、その『生きる場所』とやらが。どうやら今の私にとってそれは、この木陰の下みたいです。」
自分でもらしくない皮肉をステイゴールドに漏らす。思いつめていた影響だろうか無意識に軽口を叩いてしまった。二人の間を生ぬるい風が流れた後、無礼な口を叩いたことに気がついてはっとするも彼女はただ黙って私を見つめているだけだった。まるで私を憐れんでいるかのように。
しばしの気まずい沈黙の後、彼女が口を開く。
「そういえば名前を聞いていなかったね。改めて、私はステイゴールド。君の名前を教えてくれるかい。」
「エイシンプレストンです。先程は無礼な口を利いてしまい申し訳ありませんでした。」
「いや気にする必要はない。久しぶりに学園に顔を出したら酷く落ち込んでる様子の子がいたから、気まぐれに声を掛けたのは私の方だからね。君がこれから活躍できるのを心から願っているよ。それじゃあ私はこの辺で。」
そう言って踵を返す彼女。そしてその別れ際に一言思い出したかのように付け加えた。
「旅も心も荷物は軽く、ね。」
風のように現れては去っていった彼女。その短いやりとりの中での彼女の言葉が妙に心につっかえていた。
「生きる…場所。」
私は彼女の言うそれを求めて日本に来た渡り鳥だ。実際日本のレースのレベルは恐ろしいほど高く、ケガで羽を休めた鳥がもう一度群れに追いつけるほど甘い世界ではなかった。強者の群れから遅れをとった私はひどく焦ったのだろう、必死にレースに出ていたのはその影響かもしれない。
(私は……私はそんなことのためにレースにでていたのか。)
今まで出てきたレースを思い返す。ダイタクリーヴァやキングヘイロー、アグネスデジタルといったライバルたちの顔。客席を埋め尽くす歓声と万来の拍手。東京、中山、京都といった風土の数々……そういえばアーリントンC(G3)で一度勝った時以来阪神には行っていなかったな。他にも小倉や新潟など、行ったことのないレース場がまだまだ沢山ある。
(もう少しレースそのものを楽しめるようになれたら楽なんだけどな。そうだ今度の宝塚記念、久しぶりに慰安旅行もかねて現地にでも見に行こうか。きっと何かいい刺激を得られるかもしれないし。)
思い立ったが吉日。宝塚記念を見に行くためにその前後に開催予定の阪神のレースに出たい旨をトレーナーに伝えると米子ステークス(オープン)オープン戦だから出場条件はすでに満たせているし、何より気負わずに伸び伸び走る方がいままで重賞戦線で戦ってきた私の突然のオープン参戦にトレーナーは相当困惑していたが宝塚記念を観にいくついでと説明した。レースに登録したのは学園からの補助で旅費が浮くからであり、決してひっぱりだこ飯が食べたいからではない。断じてない。ただ食べないとは言っていない。
翌週、旅の支度を整えて阪神にむかう。なんだかいつもより気分が軽い。オープン戦だからだろうか、物理的に荷物が軽いからだろうか、それともひっぱりだこ飯を楽しみにしている自分がいるとでも言うのか。
ただ一つ分かるのは、今までのようなレース前の体の重さがなかったこと。オープンだからと言って舐めている訳ではないが、さかと言って負けたとしても失うものがない。自身もプライドも矜持も今日は寮に置いてきた。スーツケースの中に入っているのは着替えと阪神観光マップだけだ。
目的地に向かう新幹線の中で先週のトレーナーの言葉を思い出す。
「君は腐ってもG1ウマ娘なんだぞ。」
冷静になって考えると、それが何だと言うのだろう。G1を獲ったから、重賞を勝ったから何になると言うのだろう。渡り合うライバルたちによってレースのレベルも違うのに、私は絶対的な強さを求めていた。強さとは元から相対的なものであるのに。
「その通り。私は腐ったG1ウマ娘だ。」
レースに勝つのは気分がいい。熱いレースはそこでしか得られない興奮が全身を震わせる。もちろん、それがG1の舞台なら最高だ。でもそれがレースのすべてではない。
「だから少し、腐った体を潮風に当ててくるよ。」
どんな風に走ろうか。差しでもいい、中団一気もいい。たまには先行なんかもしてみるか。レースが終わったら何を食べよう。どんなところに行こう。どんな人やウマ娘に会えるのだろう。新幹線の外を眺める私の窓に反射した顔は少しにやけていた。
そんなこんなで阪神に向かった私だが結論から言うと最高の旅だった。レースには勝ち、勝利のあとはちょっと遠くの有馬温泉で身体を癒してきた。宝塚記念も観戦し、色々な美食にありついた。明石焼きに炭酸せんべい、そして何よりもおいしかったのはそう、ひっぱりだこ飯だった。
「旅もレースも荷物は軽く、ね。」
次はどこに行こう。どんな旅をしよう。できればそう、美味しい店があるといいな。
6/23 米子S(OP) 1着
7/15 北九州記念(G3) 3着
8/5 関屋記念(G3) 1着




