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4. Person I Knew

風さやか、水さやかな京都の芝にG1のファンファーレが鳴り渡る。来るマイルチャンピオンシップ(G1)のスタート前、次々とウマ娘たちがゲート入りしていくのを横目に今一度深呼吸をして息を整える私。先にゲートインしたダイタクリーヴァと一瞬目があったが、その眼には友人に向ける生暖かい情はなく慈悲のない狩人が獲物を捉えたときの冷酷な殺気を宿していた。この前アドバイスをくれたキングヘイローでさえも目くばせひとつなく横を通り過ぎて行った。


「.........。」


何も語ることはあるまい。ここは戦場である。彼女たちが何者であろうと情けはいらない。このゲートに入ることを許されたのはデビューから数多のレースで他人を蹴落として這い上がってきた猛者のみ。そうして勝ち進んでたどり着いたのがこのG1という晴れ舞台。そこに情けなどあるはずがなかった。


そう、たった一人を除いては。


「うひょおおおおおおお!」


背後でなにやら不気味な声がしたと思ったらゲート前でよだれが垂れそうになっているピンク髪のウマ娘がいた。


「いやぁいつみても素晴らしいですなぁ、ウマ娘ちゃんたちのお尻は。無駄がそぎ落とされた筋肉にプリティーな誘惑も兼ね備えた究極の肉体美。質の良いお尻を求めてG1まで来た甲斐がありました。」


惚気て今にも昇天しそうなその顔に見覚えがあった。以前ニュージーランドトロフィーで競い、キングヘイローも話題にしていたアグネスデジタルだ。ダートの重賞を勝っているウマ娘だがどうして芝に戻ってきたのだろうか。確かに芝でもそこそこ走れる感じの娘ではあったが、普通ダートに転向したらそれっきりのはず。あくまでダートと芝は全く別物で、例えると運動場と陸上のトラックぐらい質が違う。ダートにはダートの走り方、芝には芝の走り方があってそれぞれにエキスパートがいる。芝で頭打ちになったウマ娘がダートに転向することはあるが惨敗するケースがほとんどで、勝てたとしたらそれは元からダートの適正があったということ。だから尚更、適性がないはずの芝に戻る理由などあるはずがないのだが…。


興奮するデジタルを他所に、何人かゲートからこちらを覗いてきて気まずくなったので私もゲートに入った。アグネスデジタルも係員に促されてゲートに入る。総勢18名、すべて位置についた。


.........。


.........。


ガタンっと音が鳴る。


勢いよく飛び出したのは隣のゲートのヤマカツスズラン。対して私は先ほどのことで集中力を欠いたのか少し出遅れて後方に押されてしまった。が、すぐに立て直して中団まで上がっていく。ダイタクリーヴァも同じく中団につき出方をうかがっているようだ。やや前方にはキングヘイローがおり、前方に離されない位置をとっている。好スタートを切ったヤマカツスズランはそのまま先頭に躍り出て逃げの手を打っており、それに引っ張られ全体がやや早いペースにのまれて半マイル標識をくぐった。


「(すこし早いペースだな。)」


大体45秒ぐらいだろうか。想像していたより早い時計だがマイル戦で逃げは通じない。おそらく前がへたるはずだから早めに勝負にでて後々群に押されないようにしよう。

少し加速を入れて中団を抜いていく。中団前方につけていたキングヘイローに並ぶころにはコーナーをぬけて直線に入ろうとしていた。


「.........んっ!」


内から抜いていこうとする私によって外に押し出されたキングヘイローがきつそうに踏ん張っている。その隙を逃さず直線に体を入れ込んだ私は早めにラストスパートをかける。

そうだ、この感覚だ。ぐんぐんと加速するこの感覚。観客の声も、ライバルたちがたてる地鳴りも、今の私には聞えない。聞えるのは己の荒い息遣いだけ。


あともう少し、ゴールはすぐそこだ。


このまま行ける、と思ったその刹那だった。直線で3位まで浮上した時、内ラチ沿いからものすごいスピードで上がってくる()()がいた。

皐月賞の直線で見た青と黄色の勝負服。エアシャカールを映すカメラの隅にいたその勝負服。ゲート前、私を睨んだその勝負服。


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


絶叫と共に鬼の形相で先頭を突っ切っていくダイタクリーヴァ。最後の直線100メートル、一人突き抜けた。


「(ああ、速い。)」


勝負事で諦めたことはない。とはいえ負けを悟る瞬間はある。残り100メートルで突き離されるこの感覚、不可抗力の絶望感だ。


「君の勝ちだ。」


前を走る君に賛辞を送りたかった。悔しいが、嬉しい気もした。これでもう二度と君の落ち込む顔を見なくて済むのだから。私のライバルで、親友で、強気で、健気で、口達者な君ともう一度会えるのだから。


誰の目にもダイタクリーヴァの勝利は明らかだった。


だから、誰も気づかなかったんだ。


その目がとらえられない大外から、一人がテレポートしてくるのに。


「尊み☆ラストスパー(゜∀゜)ート!」


この時の光景を、私は生涯忘れることはないだろう。それほど、あまりに衝撃過ぎた。豪脚一閃とはまさにこのこと。その小柄なウマ娘が私たちを光の速さで抜き去ったとき、確実に私たちの時間は止まっていた。


「大外からアグネスデジタル!アグネスデジタルやりました!」


観客がどよめく。ダイタクリーヴァの完全勝利かと思われた矢先、最後は大外から飛んできたアグネスデジタルが見事に差し切って優勝をかっさらってしまったのだから。


ゴール版を過ぎたあと、しばらくフリーズする私。息を切らしなが、酸欠の頭で何が起こったのかを必死に整理しようとする。先にゴールしたリーヴァも唖然として、お互い目があっても何が起こったのか状況を呑み込めていない様子だった。


情報が入ってこないこの状況で私はとりあえずリーヴァをねぎらうことしかできなかった。


「ハァ.........ハァ.........。お.........お疲れ。はや.........かったな.........。」


「あ.........。ハァ.........。あ.........あれ.........。うち.........負け.........たんか?」


リーヴァは自分を指で刺した。私はわからないという風に頭を傾けると、視線をアグネスデジタルのほうに移した。


「ハァ.........。ああ.........。なんか.........最後。どえらい…速さで…ぬかしとったけど.........。いや…どうやろ。うちも.........わからん。」


視線の先のアグネスデジタルはピンピンとしていた。まるでイベント会場にきた子供みたいに。あの小柄なウマ娘が本当に先刻の末脚を繰り出したのかと、いまだに信じられない。


錯綜した二人。荒い息が整ってきたとき、再び観客の歓声が上がった。見ると、掲示板が確定したようだ。1着は13番、アグネスデジタル。2着は11番、ダイタクリーヴァ。私の番号2番は一番下の5着にあった。時計は1分32秒6。レコードの赤い鮮やかな文字が上がっていた。


「やっぱり…。今日のところはお開きのようやな。レコード出されちゃしゃーないわ。しっかし、なんでプレストンが泣きそうな顔してるんや。」


リーヴァはそう言ってはにかんだ。自分でも無意識に涙が溢れていた。私が負けたからでは無い。また2着になった彼女があの時見たく暗くなってしまうと思ったからだ。


「私は…。リーヴァは私の親友だから、勝って欲しかった。」


「それはうちもやでプレストン。うちもプレストンが大好きや。だから勝って欲しいと思うし、怪我して落ち込んでるのも心配しとった。けど、久々に掲示板入れたんちゃうか?確実に強くはなってるで。今日の負け腐らせないよう次勝てば丸儲けや。」


リーヴァが手を差し出してきた。私も涙を拭った手で握手をする。


「次は必ず勝つで。」


まっすぐな眼で私を見るリーヴァ。

私も笑顔でしっかりと手を握る。


彼女が誓ったその言葉が嘘でないと証明されるのにそう時間はいらなかった。


12/10 鳴尾記念(G3) 1着 ダイタクリーヴァ

1/5 京都金杯(G3) 1着 ダイタクリーヴァ


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