21、ギフト、さがそう!
今回は高校生のお話ですが、中学生や小学校高学年の方にも読めると思います。
今日も皐月に教えてもらわないと先生の質問に答えられなかった。
皐月、このごろ頑張っているなぁ。
ついこの間まで私とたいして変わらない実力だったのに。
焦る、体がかぁとなるほどすごく焦る。
皐月の住んでいるマンションの一階にある洋菓子店『散歩』のウィンドウに映った自分を見た。
着ているのは県で一番優秀な私立高校「葵ノ上高校」の制服だ。
中学生の頃、どれだけこの制服を着ている自分を想像して勉強を頑張ったか。
そう、あの頃は頑張れた。
だってできない問題もありつつも、勉強をやればやるだけ身について、成績は学校でトップスリーに入っていたから。
今は先生が言っていることの意味が分からず、興味さえ持てず、いつしか予習復習も苦痛になってきた。
それほど勉強についていけない。
「美香子。お待たせ」
『散歩』から皐月が出てきた。
「うちのお母さん、『散歩』のフィナンシェに目がないんだよね」
そう言って、軽やかに笑った。
「皐月、なんだか変わったね。最近勉強もできるようになったし」
「あぁ。予習復習を三時間かけてするようになったからね」
「三時間かぁ。でもどうして?この前まで教科書を開くのも嫌だっていっていたのに」
「美香子だから話すけれど……。恥ずかしいから誰にも言わないでね。実はね、『こんな悪い成績で悲しい』ってお母さんに泣かれちゃったんだよね。お母さんの真っ赤な目から涙が次から次へと出てきてさ、それを見てこのままじゃいけないって思ったんだ」
「そうだったんだ……」
「あっ、もう行くね!お母さんが帰ってくる前に鍵を開けないと!鍵を忘れて出かけたってラインしてきたんだ」
「分かった。じゃあね、また明日ね」
「うん、バイバイ。また明日」
歩きながら考える。
私の親だって、私の成績が悪いことを良くないことだと思っている。
でもお父さんとお母さんは葵ノ上高校に入れただけで満足している感じで、泣いて私にうったえるほど教育熱心ではない。
けれど、もし、もしお父さんやお母さんが泣いても、私のこの胸の奥に広がっている一面砂漠のような心の渇きには勝てない気がする。
それこそ灼熱の砂漠は涙なんてあっという間に吸い込んで蒸発させてしまうだろう。
私は葵ノ上高校の生徒だから優秀だ。
そのプライドはまだ心の中にこびりついているのに、ずたずたに切り裂かれている。
生かすことも殺すこともできていない、宙ぶらりん。
美香子みたいに頑張れるのは私より頭が良いからだと言い訳してみても、自分自身の心根の問題だとどこかで分かっている。
努力できない自分をひどく持てあまして。
道路に落ちていた缶を思わず蹴りたくなったのをぐっとこらえた。
そんなもやもやを抱えながら、私もお母さんからたのまれていた「みたらし団子」を買いに十軒先の和菓子屋『粋』に入る。
ドキッとした。
葵ノ上高校の制服をきた男子が先客にいたのだ。
思わず隠れようとしたが、お店に入った時のチャイムの音でその男子学生が振り向いたので目が合ってしまった。
青山君だ。
よりによって、学年トップの成績をほこる彼とこんなところで会うなんて。
「あれ?手塚さんも買い物?」
「うん。お母さんに『みたらし団子』を頼まれて」
「そうなんだ」
「八百七十二円になります」
「はい。あれ?うわぁ、一円足りない。うう、くやしい」
顔を真っ赤にして、小銭入れをひっくり返す青山君を見て、私は思わずお財布を出していた。
「はい。一円どうぞ」
「えぇ!いいの?」
「一円くらいいいよ」
「手塚さん、ありがとう」
「どういたしまして」
「手塚さん、少し時間ある?」
「あるけど、どうして?」
「店員さん、宇治抹茶ミルク金時のかき氷を二つください。あっちのテーブルに座ります」
「え?青山君、もしかして私の分までたのんだ?」
「一円のお礼。ここのかき氷、ちょうど五百円できりがいいし。すごくおいしいんだ」
「知っている。私も常連。でも悪いよ、一円くらいで」
「いいのいいの。本当に助かったんだから」
私は青山君の親切に甘えることにした。
青山君は友だちが多い方ではない。
人気がイマイチというわけでは決してなく、一目置かれ過ぎて近寄りがたいタイプだったのだ。
青山君は中学三年生の一月に転校してきたから、中学生の時もあまり話をしたことがなかった。
青山君ってこんなにフレンドリーな人だったんだなぁ。
幸いこの地区の葵ノ上高校の生徒は、私と皐月と青山君と一学年上の先輩の四人なので、男子と二人でかき氷を食べても、悪目立ちする心配もない。
公立高校の生徒たちはまだ授業を受けているから、そちらも大丈夫。
それに『粋』の宇治抹茶ミルク金時のかき氷は安いのに最高に美味しいのだ。
「さっきは助かったよ、ありがとう。僕、小さな頃から小銭をぴったりにしたいこだわりがあるんだ。へんでしょう?」
「別にへんとまでは思わないよ。それより青山君にききたいことがある」
「なに?」
「さっきの猫の小銭入れ、とてもかわいかった。あれはどこで買ったの?」
青山君は目を丸くした。
「あれは、姉ちゃんの手作りだから、どこにも売っていないよ。あんなのでよければ、あまっているからあげるけど」
「ほんと?ほしい!」
「手塚さん、かわっているね」
「いやいや、あれは女子の心をくすぐるかわいさだよ」
「そうじゃなくって、さ。たいていの同級生は僕にきくことと言えば、『何時間くらい勉強しているの?』とか『参考書はどこのを使っているの?』とかだからさ」
「私は成績があまり良くないから、成績のことはあまり話したくないだけ」
「成績があまりよくないのは予習と復習をしていないからでしょう?」
「え?どうして分かるの?」
「分かるよ。調べさえすれば分かる英単語も答えてないから」
「うん」
ぐうの音も出ない。
「青山君は予習復習って苦痛にならない?」
「まぁ、そうだね。ならないかな」
「どれくらい予習復習するの?」
「一時間くらいかな。あとは参考書で分かりづらいことを重点的に一時間くらい」
やっぱり頭の出来がちがうのだな。
でも青山君にはそれを瞬時に素直さに変えさせる何かがあった。
「持って生まれた頭の良さには敵わないや」
「たしかに能力は人によって違うけれど……。僕があまり勉強しなくても一番なのを手塚さんは嫌な顔しないできくね」
「だって私自分がバカなのを自覚しているもの。比べようがないわ」
バカという言葉に胸が痛む。
でも青山君の前では自分を表す言葉は『バカ』以外ふさわしくないように思えた。
「自分を『バカ』なんて言わない方がいい。たまたま高校の成績が悪いからと言って、他の賢さがあるかもしれないのに」
前のめりになった。
「他の賢さって?」
「例えば人とのコミュニケーション能力とか、かな。人の言おうとしていることを的確に理解してすぐ返せるのも賢さでしょう?」
「なるほどね」
それも私は大したことないからという言葉を飲み込んだ。
「手塚さんは努力しないの?」
思わず右手でスカートをギュッとした。
「努力しないのではなくて、努力できないの。頑張ろうと教科書を開くのだけれど、広い宇宙に取り残されて孤独に死んでいくみたいな気持ちになってすぐ閉じちゃう」
学年で一番の青山君だから言えたのだろう。
「宇宙に取り残されて孤独に死んでいくなんてすごい表現!物書きの才能あるよ」
「なによ、それ。青山君は全教科できるから、才能のかたまりね」
「ありがとう。でも、僕の一番の夢には学歴はほとんど関係がないから」
驚いた。
口を思わず開けてしまうほどに。
「ええ!そうなの?青山君の夢って何?」
「ハーベスタをあつかう人になること」
「ハ―ベスタ?」
「つまり林業をする人だね」
「林業ってあの?山の木を切る、あれ?ハーベスタって何?」
「そうだよ、あの林業。ハーベスタは、木を切る機械。切った木の枝を払ったり、同じ長さに自動で切ったりする」
「へぇ。男子が機械好きなのは知っていたけれどねぇ。一番なのになんだかもったいない」
青山君ははじめて馬鹿にしたように笑った。
「これだから何も分かっていない人は。あの人間より長生きの偉大な大木を伐採して、それをばっさばっさと玉切りするんだよ。それがどれだけすごいことだか分かる?ハーベスタのおかげで、どれだけ林業がやりやすくなったか」
「ごめん、そこら辺のことは私には分からない。でも青山君、すごく生き生きしている」
「素直に話そう。林業の現場を小学校の時見学して、ハーベスタの仕事ぶりに『かっこいい!』と一目ぼれしたんだ。もともと見学会に参加したのは登山が趣味なくらい山が好きで、いつも登山するにはどうしたらよいかと考えて、林業に行きついた」
「やっと理解できました」
「それは良かった」
そこに宇治抹茶ミルク金時がやってきた。
青山君がスプーンで一番上のあんこを口に運びながら言葉に出す。
「う~ん、おいしい。『粋』のかき氷の中で一番好きだな」
「私も!これ食べると幸せな気持ちになる」
青山君は嬉しそうな満足そうな顔をして、続きを語り始めた。
「林業って山を守る仕事なのは手塚さんも知っていると思うけど、ミスをすると命に関わる危険な仕事でもあるんだ。だから、専門的な勉強が必要で、高校を出たら大学へ行かずに林業大学校へ行きたいんだ」
「そうなの?大学では林業のことは学べないの?」
「学べるよ。でも大学は四年間学ばなきゃならない。でも林業大学校なら最短一年で現場へ出られる。僕は早く山で働きたいんだよ」
私もあんこと氷をすくって口に運びながら、疑問を投げかけた。
「じゃあ、どうして?どうして葵ノ上高校に入ったの?」
「それは自分の全力を知るため」
すごい。
私は頭を殴られたみたいな気持ちになった。
「いつも筋トレしたり林業や山の本を読んだりしているけれど、勉強もなおざりにしたくないんだ」
「どうして?大学、行かないのでしょう?」
「選択肢をふやすためだよ。もし病気やけがで林業の仕事をやめなきゃいけない時があるとしたら、別の夢中になることを探さなきゃならない。僕の数少ない得意なことの一つが勉強だから、それを磨いているんだ。まぁ、全部お父さんの受け売りだけど」
さすが青山君のお父さん、言う事がちがう。
「もう色々レベルが違う」
私は泣きそうになった。
「手塚さん、だけど勉強だけが全てじゃないよ。運動も音楽も料理なんかも成績より大事なことがあるし」
「そりゃそうだけれど、どれも苦手だわ」
「苦手から反対方向に考えたら?得意なことや好きなことはないの?それがあれば勉強も頑張れるんじゃないかな?やりたいこととかないの?」
「手芸が好きだけれど……将来の夢や仕事にそれがなるとは思えない」
「どうして?」
「それは……」
「僕の姉は大学生だけれど、手芸で生きていこうとしているよ」
「え?猫の小銭入れのお姉さん?本当にすてきだった。手芸を学べる大学があるの?」
「ある。僕らにはさ、本当にいろいろな可能性が広がっているんだよ。葵ノ上高校に入ったからって大学に行く道しかないわけじゃない。大学に行かなくても専門学校もあるし」
「確かにそうだけれど、葵ノ上高校に入った時点で、勉強は自分の武器になると思ったんだ」
「なるほどね。じゃあ、基礎がのっている教科書を買って勉強してみれば?葵ノ上高校はいきなり応用だからね。基礎が理解できて勉強が楽しくなれば応用にも手を出せるようになると思うよ」
「青山君、ありがとう」
「でも手塚さん、勉強が好きなの?」
「ううん、嫌い。中学校の時は勉強ができたけれど受験勉強は辛かったし、勉強よりやりたいことがたくさんあったよ」
「なら、勉強以外のギフトがありそうだ」
「ギフト?」
「そう、天からの贈り物というイメージ。『ギフテッド』という言葉があるでしょう?すごい能力を持つ人に使われがちだけれど、僕が言う『ギフト』はもっと柔らかくて一般人向け。例えば好きなことや得意なこと、苦しくなくできることもそうかな」
「それならやっぱり手芸とおしゃれと小説を読んだり書いたりすることかな」
「時間を忘れる?」
「うん。やっているとあっという間に時間がたっているよ。ストレスもなくなる」
「ギフト、ちゃんとあるじゃない」
「でも趣味程度で、職業になるとかじゃないよ。それに好きでも手芸やおしゃれに才能がなかったらどうするの?」
「だからギフトが大事なんだよ。苦しくならずにできることだから、続く。好きなことはたとえ下手でも夢中でしてしまう。だから上達する」
「そうか!」
「それに苦手だと思っていたものが、やってみたら楽しくなる場合もあるよ。僕にとってそれは『筋トレ』だった」
「それ、すごく希望になる!」
「未来はどうなるか僕らには分からない。自分のことだって先のことは分からないから、手塚さんも自分を『ダメだ』とか『バカ』だとか思わないほうがいいよ」
「そうだね。青山君の言っていること、すごく良く分かるよ」
「うちの姉ちゃんは学校の勉強はあまり得意ではなかったけれど、それで手芸の道に進んだわけでなく、手芸が得意で好きだったから進んだ。いちおう大学にも受かって、充実した日々を送っているよ。道は広いよ」
私はあの猫の小銭入れを思いうかべた。
ああいう物をずっと作る職業につけたら、幸せだろうな。
「それとギフトがまだまだ見つかっていない手塚さんみたいな人にとっては学校の全ての授業はギフトを大きくする手段の一つになるから、一生懸命がんばった方がいいと思う。これもお父さんの受け売りだけれどね」
「ギフトかぁ。なんだかわくわくする」
「そう。僕にとっては登山と林業と勉強、そして筋トレ」
私の胸の砂漠にどこからか透明なきらきらした水が流れ始めた。
「もっともっと探してみる、私のギフト」
「それがいいよ。僕もまだまだ探すつもり」
「私、久しぶりに笑った気がする」
宇治抹茶ミルク金時は話に夢中でとけ始めていた。
その日の夜、私は初めて二時間かけて現代文の予習復習をした。
他の教科もいずれ頑張るつもりだけれど、とりあえず一番得意な現代文からスタートした。
ギフト、もしかしたら国語かもしれないじゃないか。
それともまさかとは思うけれど、今苦手としている数学とか?
苦手を克服して、得意になって、出来ない子の気持ちが分かる先生になったりして。
何はともあれ、ギフトを探しまくって私も青山君みたいにきらきらしたい。
次の日の朝の目覚めはすごく快適だった。
「おはよう!皐月!」
「おはよう。あれ?美香子、何か雰囲気が変わったね。あっ、メイクしているの?かわいい」
私は笑って、「うん」と言った。
葵ノ上高校は髪型にもメイクにもうるさくない。
私なりに好きなおしゃれも頑張ったつもりだけれど、変わって見えたのはきっとメイクのせいだけではない。
昨日のことを思いうかべる。
何から話そうか。
角を曲がったら、青山君の駅に向かう姿が見えた。
今日猫の小銭入れをもらう約束をしていて、また色々な話を聞かせてもらえる。
何だか心強い。
「皐月の今の夢ってなに?」
皐月が目を丸くした。
先が見えない未来は、不安になったり、迷ったり、足がすくんだり。
でも、だからこそ探すのだ。
自分の持っているギフトを、たくさんたくさん。
きっと自分が持っているギフトが、霧で白くおおわれた道を明るく照らしてくれるから。
青山君が振り向いた。
私は大きく大きく手を振った。 おわり
お読みくださり、ありがとうございました!
何か感じることがありましたら、ご感想などいただけると嬉しいです。




