17、大切にされた赤い石
山の上の病院には、いつも元気な中学生たちの声が響いています。
病院のとなりが学校で、校庭で子供たちがスポーツを楽しんでいるからです。
学校が良く見える病室に、健太はいました。
生まれつき心臓が悪く、先日手術したばかりです。
手術が終わった後、「もう大丈夫。これで学校に通えるよ」と言われた健太は、もう校庭で走る子供たちを見ても、寂しくなんかありません。
右手に透き通った赤い石をもって、左胸に当て「ありがとう」とつぶやきました。
健太にとって赤い石は、とても大切なものです。
病院の裏庭できらきら輝いていたのを拾ったのですが、それからというもの良いことが続くのです。
まず、おじいちゃんが病院のあるこの街に転勤となり、おばあちゃんが毎日お見舞いに来てくれるようになりました。
それによって、お父さんとお母さんの負担が減り、特にお母さんは喜んで明るくなり、健太のことしか考えられずにいたのに、料理教室に通えるようになったのです。
そして、極めつけは健太の心臓の手術をしてくれる先生のスケジュールが早めにあいたこと。
あともう少しで退院となり、お隣の学校へ通うことが決まっています。健太は楽しみで仕方がないのでした。
ところが、学校に通い始めて、健太はイヤというほど現実の厳しさを知りました。
最初は物珍しさで話しかけてきた同級生たちも、健太が病院で過ごしてばかりだったことで経験値が圧倒的に足りないと分かると気を遣うようになり、気楽に話かけてもらえなくなりました。
運動を禁止されている健太は、サッカーやバスケットボールなどの体育の授業ができません。
体育の他にも激しい動きなども気をつけています。
それもクラスメイトと微妙に話がかみ合わない原因です。
学校の勉強も遅れている健太は、クラスメイトに引け目を感じて、次第に一人でいるようになっていきました。
校庭と病院の間にある小山が、健太の安心できる唯一の居場所になり、そこで赤い石をなでたり、光にかざしたりしていました。
健太が赤い石を太陽に向けて、林がきらきらするのを楽しんでいた時です。
突然、木の後ろから女の子の声が聞こえました。
「今の赤いの何?すっごくきれい」
(見られた?)
健太はどきりとして後ろを見る前に、赤い石をポケットにしまいました。
女の子の正体は、同じクラスの鳥羽あかね。
(この子もクラスで浮いていて、友達がいなかったな)
あかねの家庭は父親が蒸発したとかで、お金がなく、風呂も3日に1度、給食で栄養を取っていて、母親は万引きで捕まって、あかねもそれに似て悪い子だなどなど、それはひどい言われようでした。
だからという訳でもないのですが、相手は女子だし、赤い石は自分だけの秘密にしておきたいしで、健太はどうしてよいか分からず、黙って下を向きました。
「あら?無視?やっぱり転校生のあなたも私とは関わりたくない?」
勝気ではあるけれど、どこか寂しそうな声でした。
健太は胸がギュッとして
「違うよ。鳥羽さんだからとかそんなんじゃないよ」と声に出していました。
「そうなの?」と明るくなったあかねは、
「あの赤い光、なんだったの?」と興味津々です。
「あれは、誰にも教えたくないんだ」
「ふうん。私悪い子なんだ。教えてくれないと、みんなに言いふらすよ」
健太は、焦りました。そして、同時に怒りがこみ上げてきました。
(なんて嫌な子だ。この子は、ぼくがどんな思いで赤い石を大切にしているか知らない)
(でも……言わなかったら、クラスのみんなに知られる、クラスに広まったら、学校中に広まる)
どうせ広まったとしても健太の存在感の度合いを考えるとすぐに誰も見向きもしなくなるでしょうが、女みたいと言われるとか赤い石を取り上げられるとか、そんな嫌なことを想像して、健太は、本当にしぶしぶ赤い石をあかねに見せました。
「うわぁ、きれい。これ宝石?」
あかねの顔が近づきます。髪から良い匂いがします。
(あれ?お風呂は3日に1度のはずなのに……)
変なことを考えてしまったので、健太は慌てて頭を振りました。
「違うと思う、拾ったから。ねぇ、鳥羽さん。この石のこと、誰にも言わないで」
「拾ったってそれ犯罪じゃん。警察に届けなきゃだめなやつ」
健太は、ぐうの音も出ません。
(鳥羽さんみたいな人、好きになれない)
「ねぇ、その石、私にちょうだい」
「何言っているんだよ!さっきは犯罪だといっといて」
「きれいなんだもん」
「絶対ダメ!」
「つまんない」
「この石のこと、絶対に絶対に人に言わないでよ」
「絶対って言葉、多いね。分かった。約束する。その代わり、私と友達になって」
「ええ?」
健太は、嫌だとはっきり言いたかったのですが、秘密を握られています。だからとっさに当たり障りのない言い訳を考えました。
「だめだよ。ぼく、男子だから」
「ずいぶん古臭い考え方だねぇ。友だちに男子も女子も関係ないじゃん。でもそこは広崎君の気持ちを優先して考慮するから。休み時間、ここで赤い石見せてもらうだけの友達」
(最悪だ)
そうせざるを得ないじゃないか!と健太は思いました。
黙っていたのが「YES」だと受け取ったのでしょう。
あかねは、機嫌よく「先に教室にいっているね!」と走り出しました。
それ以来、健太は昼休みが憂鬱で仕方ありません。
あかねに赤い石を見せなければならないからです。
懸念はそれだけではありませんでした。
もし、あかねと一緒にいるところを見られたら、「友達がいない、寂しい者同士のカップル」と誤解されるのは必至です。
でも、そういうところはあかねは律儀で、クラスメイトがいるところでは挨拶さえしてきませんし、小山の内側、人から見えない所でしか二人っきりになりませんでした。
それでもあかねは昼休みには小山に来て、赤い石を光にかざして、画用紙や水や木に赤い光が映るのを子供のようにはしゃいでいました。
「本当にきれい。この石を見ていると、自分まできらきらしているように思える」
制服のスカートをひらひらさせて、赤い石を空に掲げながらくるくる回るあかねは、純真な子供のようだと感じました。
そして赤い石をさわる前には必ず手を洗い、赤い石を置くときにはハンカチを広げるのです。
(鳥羽さんは、この赤い石が本当に大切なのだな)
そんな風に感じると次第にあかねが嫌なやつではなくなってきました。
あかねはあかねで、自分の事情を話すようになり、健太は憤りをおぼえました。
お父さんもお母さんもちゃんといること、お父さんは刑事で東京に単身赴任をしていること、お母さんは万引きしようとした中学生を注意して、その腹いせに同じ中学校の自分が噂を流されてしまったこと。
健太は、
「何も悪くないのに仲間外れにされて、はっきり噂は嘘だと言えばいいのに」
と伝えましたが、あかねは
「噂で私の本当の姿を見なかった人となんて、友達になりたいと思わないから」
とからりと笑って言いきりました。
「それに私もともと白黒はっきりさせたいタイプだから、友達自体が少なかったのよね。だから広崎君が初めての本当の友達」
(鳥羽さんって、なんというか潔いし、深いな)
毎日少しずつ健太の中のあかねの印象が嫌なやつから良いものに、そして友人に変わっていきました。
健太も自分のことを話しました。
心臓の病気で、長く入院していたこと。
その病院の裏庭で赤い石を見つけたこと。
あかねは「大変だったね」「へぇ」と興味深く聞いていたのですが、突然
「決めた!私将来医者になる!」
と拳を空につきあげました。
「どうしたんだよ、急に」
「広崎君、学校に通えるようになって良かったよね?」
「うん、まぁ」
「だから、私医者になる!」
健太は驚きましたが、なんとなく心の奥に温かなものが湧きだしてくるのを感じました。
そんなある日の昼休み。
あかねは珍しく、小山に来ませんでした。
学校へは登校していて、給食も食べていたので、早退ということもないでしょう。
(どうしたんだろう?こんなこと初めてだ)
心配で、嫌われた?とか誰かに呼び出された?とか悪い想像が巡って、全く落ち着きません。
健太は昼休みが終わるギリギリまで小山で待っていましたが、チャイムが鳴ったので教室に戻りました。
あかねは、もうすでに席に着いています。
授業が終わると、健太は自分でも信じられない行動に出ました。
あかねの席へまっすぐ歩いていき、
「昼休み、どうしたの?」と聞きました。
驚くかと思いきやあかねは、本当に嬉しそうに
「いいの?まわりみんな見ているよ」と言いました。
「かまわないよ。どうして来なかった?」
すると、今度は悲しそうな声を出しました。
「転校が決まって、担任の先生と話していたのよ。お父さんのところへ行くの」
「転校!?」
健太は、目の前が真っ暗になりました。
周りが好奇の目で、ひそひそ話をしていても健太の耳には一切入りませんでした。
次の日の昼休み、あかねはいつものように小山にやってきて、いつものように「赤い石、見せて」と言いました。
健太は、固い顔であかねを見ます。
「広崎君、どうしたの?」
「鳥羽さん、この赤い石、鳥羽さんにあげるよ」
あかねは、目を見張りました。
「この石、幸運の石なんだ。ぼくが手術できたのも、この石のお陰だと思っているくらい。転校先の学校でいじめに遭わないように持って行って」
あかねは、笑顔になると
「それはだめだよ。お守りになるなら、心臓が万全じゃない広崎君が持っていなきゃ」
と健太を真っ直ぐ見つめました。
「ぼくは……ぼくの心臓より鳥羽さんの方が心配だ」
(ぼくは何をいっているのだろう?)
「ぼくが学校で寂しくなくなったのは、鳥羽さんが友達になってくれたからなんだ。運動も勉強もできないぼくでも、全然見下さないで友達になってくれた」
(あぁ、ぼくイタイ男決定だな)
「だからこの赤い石は、鳥羽さんに持っていてほしいんだ」
「それは、できない。でも、そうね……あと十年くらいたてば……」
「は?十年?」
「いや、こっちの話。あのね、やっぱり赤い石は広崎君が持っていて。大丈夫!私はいじめくらい簡単にはねのけられる。どうやっても会えない距離になるわけじゃないし、夏休みや冬休みには会おう。そして、また赤い石を見せてね」
そういって、あかねはむりやり健太の赤い石をのせた手のひらを握らせると、制服のポケットからメモを取り出しました。
「これ、私の引っ越し先の住所と携帯の番号。赤い石と同じくらい大事にして」
そういったあかねの顔は、少し赤くなっていました。
「健太!起きて!もう朝だよ。私今日朝から手術の執刀をするから、ゆっくりしている暇はないのだけれど」
「あと5分……」
ごんっ。
「いたっ。あかね、指輪をはめた手でげんこつはしないでくれっていつもいっているだろう?」
「起きない健太が悪い!」
なおげんこつの構えのあかねに健太は、早々に降参します。
あかねの左手の薬指には、あの赤い石があしらわれた指輪が光っています。
そして、健太の左手の薬指にも同じものが。
「半分でもすごい威力ね。でも本物の宝石だったら、半分にできなかったから良かったね」
「ぼくもデザインする時、そう思った」
健太はジュエリーデザイナーになりました。
「でも、私にとってはルビー以上のもの」
「それにしては、扱いが雑だよなぁ」
これもいつもの朝の光景で、二人して大笑いするのです。
大人になった二人の生活は、笑いの絶えないお互いがお互いを心から大切に思える幸せなものです。
「さぁ、朝ごはん食べよう!」
「うん!」
明るい朝の陽ざしが二人を赤い石を煌めかせていました。
おわり
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